世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド


世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 上下巻(村上春樹/新潮社)

この小説は、文章自体もとても心地いいけれど、それとは別に、他の小説とはまったく違った魅力があって、それは「表」と「裏」とが背中合わせになって構成された、独特な世界観が持つ面白さだった。
謎解きとしての要素が山ほどあって、それこそ、読んだ人の数だけの解釈が可能な話しであるだろうけれど、これだけ多くのキーワードを入れ込みながらも、現実感と非現実感の絶妙なバランスを保って、一つの物語として成立させてしまうというのは、超人的な領域だと思う。
「表」「裏」どちらの世界も、最後の一日の描写がとても好きだった。片方は、穏やかに終末を受け入れる決断をし、もう片方は、自ら道を切り拓く決断をする。そのいずれもが、進むべき場所に向かっていて、その末に、二つの世界が交差していく様が、とても美しいと思った。
【名言】
私は彼女が慣れた手つきでキイボードを操作しているあいだずっと彼女のほっそりとした背中と長い髪を見ていた。彼女に好意を抱いていいものかどうか、私はかなり迷った。彼女は美人だったし、親切だったし、頭も良さそうだったし、詩の題のようなしゃべり方をした。好意を抱いてはいけないという理由は何ひとつとしてないように思えた。(上巻p.128)
私が『ルージン』をこの前読んだのは大学生のときで、十五年も前の話だった。十五年たって、腹に包帯を巻きつけられてこの本を読んでみると、私は以前よりは主人公のルージンに対して好意的な気持ちを抱けるようになっていることに気づいた。人は自らの欠点を正すことはできないのだ。人の性向というものはおおよそ二十五までに決まってしまい、そのあとはどれだけ努力したところでその本質を変更することはできない。問題は外敵世界がその性向に対してどのように反応するかということにしぼられてくるのだ。(上巻p.276)
「人間は誰でも何かひとつくらいは一流になれる素質があるの。それをうまく引き出すことができないだけの話。引き出し方のわからない人間が寄ってたかってそれをつぶしてしまうから、多くの人々は一流になれないのよ。そしてそのまま擦り減ってしまうの」
「僕のようにね」
「あなたは違うわ。あなたには何か特別なものがあるような気がするの。あなたの場合は感情的な殻がとても固いから、その中でいろんなものが無傷のまま残っているのよ」
「感情的な殻?」
「ええ、そうよ」と娘は言った。「だから今からでも遅くないの。ねえ、これが終わったら私と一緒に暮らさない?結婚とかそういうのじゃなくて、ただ一緒に暮らすの。ギリシャだかルーマニアだかフィンランドだか、そういうのんびりしたところに行って、二人で馬に乗ったり唄を唄ったりして過ごすの。お金ならいくらでもあるし、そのあいだにあなたは一流の人間に生まれかわるの」
「ふうん」と私は言った。悪くない話だった。計算士としての私の生活もこの事件のせいで微妙な局面にさしかかっているし、外国でのんびり暮らすというのは魅力的だった。しかし自分が本当に一流の人間になれるという確信が私にはどうしても持てなかった。一流の人間というのは普通、自分は一流の人間になれるという強い確信のもとに一流になるものなのだ。自分はたぶん一流にはなれないだろうと思いながら事のなりゆきで一流になってしまった人間なんてそんなにはいない。(上巻p.326)
「あなたは愛する人をなくしたことがある?」
「何度かね」
「それで今はひとりぼっちなのね?」
「そうでもないさ」とベルトに結んだナイロンのロープを指でしごきながら私は言った。
「この世界では誰もひとりぼっちになることなんてできない。みんなどこかで少しずつつながってるんだ。雨も降るし、鳥も鳴く。腹も切られるし、暗闇の中で女の子とキスすることもある」
「でも愛というものがなければ、世界は存在しないのと同じよ」と太った娘は言った。「愛がなければ、そんな世界は窓の外をとおりすぎていく風と同じよ。手を触れることもできなければ、匂いをかぐこともできないのよ。どれだけ沢山の女の子をお金で買っても、どれだけ沢山のゆきずりの女の子と寝ても、そんなのは本当のことじゃないわ。誰もしっかりとあなたの体を抱きしめてはくれないわ」
「そんなにしょっちゅう女の子を買ったり、ゆきずりで寝てるわけじゃないさ」と私は抗議した。
「同じことよ」と彼女は言った。
まあそうかもしれない、と私は思った。誰かが私の体をしっかりと抱きしめてくれるわけではないのだ。私も誰かの体をしっかりと抱きしめるわけではない。そんな風に私は年をとりつづけているのだ。海底の岩にはりついたなまこのように、私はひとりぼっちで年をとりつづけるのだ。(上巻p.395)
私はあきらめて、自分がウィスキーを飲んでいるところを頭の中に想像していることにした。清潔で静かなバーと、ナッツの入ったボウルと、低い音で流れるMJQの『ヴァンドーム』、そしてダブルのオン・ザ・ロックだ。カウンターの上にグラスを置いて、しばらく手をつけずにじっとそれを眺める。ウィスキーというのは最初はじっと眺めるべきものなのだ。そして眺めるのに飽きたら飲むのだ。綺麗な女の子と同じだ。(下巻p.52)
洗濯屋の店先には縁台のようなものが置いてあって、その上に鉢植えがいくつかならんでいた。私はそれをしばらく眺めていたが、そこに並んだ花の名前はひとつとしてわからなかった。どうしてそんなに花の名前を知らないのか、自分でもよくわからなかった。鉢の中の花はどれも見るからにありきたりの平凡そうな花だったし、まともな人間ならそんなものはひとつ残らず知っているはずだという気がした。軒から落ちる雨だれがその鉢の中の黒い土を打っていた。それをじっと見ているとなんとなく切ない気持になった。三十五年もこの世界に生きていて、私にはありきたりの花の名前ひとつわからないのだ。(下巻p.228)
しかしもう一度私が私の人生をやりなおせるとしても、私はやはり同じような人生を辿るだろうという気がした。何故ならそれが、その失いつづける人生が、私自身だからだ。私には私自身になる以外に道はないのだ。どれだけ人々が私を見捨て、どれだけ私が人々を見捨て、様々な美しい感情やすぐれた資質や夢が消滅し制限されていったとしても、私は私自身以外の何ものかになることはできないのだ。(下巻p.234)
「なにしろ今回の出来事に関しては僕の主体性というものはそもそもの最初から無視されてるんだ。あしかの水球チームに一人だけ人間がまじったみたいなものさ」(下巻p.272)
「それが立派な世界かどうかは俺にもわからない」と影は言った。「しかしそれは少なくとも俺たちの生きるべき世界だ。良いものもあれば、悪いものもある。良くも悪くもないものもある。君はそこで生まれた。そしてそこで死ぬんだ。君が死ねば俺も消える。それがいちばん自然なことなんだ」(下巻p.322)
私の枠内には殆どもう何も残ってはいなかった。鳩と噴水と芝生と母子連れが見えるだけだった。しかしそんな風景をじっと眺めているうちに、この何日かではじめて私はこの世界から消えたくないと思った。私が次にどこの世界に行くかなんて、そんなことはどうでもいいことなのだ。私の人生の輝きの九十三パーセントが前半の三十五年間で使い果たされてしまっていたとしても、それでもかまわない。私はその七パーセントを大事に抱えたままこの世界のなりたち方をどこまでも眺めていきたいのだ。何故かはわからないけれど、そうすることが私に与えられたひとつの責任であるように私には思えた。私はたしかにある時点から私自身の人生や生き方をねじまげるようにして生きてきた。そうするにはそうするなりの理由があったのだ。他の誰に理解してもらえないにせよ、私はそうしないわけにはいかなかったのだ。(下巻p.331)
太陽がフロント・グラスから射しこんで、私を光の中に包んでいた。目を閉じるとその光が私の瞼をあたためているのが感じられた。太陽の光が長い道のりを辿ってこのささやかな惑星に到着し、その力の一端を使って私の瞼ををあたためてくれていることを思うと、私は不思議な感動に打たれた。宇宙の摂理は私の瞼ひとつないがしろにしてはいないのだ。私はアリョーシャ・カラマーゾフの気持がほんの少しだけわかるような気がした。おそらく限定された人生には限定された祝福が与えられるのだ。(下巻p.339)
「リーブル」の読書日記

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