『詩的私的ジャック』【森博嗣】緻密なトリック、想像を超える結末

詩的私的ジャック(森博嗣/講談社)

トリックの緻密さには感心をしたけれど、動機の部分がいまいち理解しがたいために、読後の納得感はちょっと少ない。
途中、いろいろ犯人を想像しながら読んだけれど、これは想像の範疇を超えていた。

篠崎と犀川が対話する部分が、一番面白かった。
「英語で言える?」という、簡潔にして高度な意味を含んだ質問の素晴らしさ。「質問をする場合、一般に、質問者側のレベルが問われる」という犀川自身の言葉を実証するような質問だと思う。
「二人は、数字の11よりも接近した。」など、好きな表現があちこちにあった。

名言

「俺、建築家になりたかったんだけど・・もう、これで、無理ですね」結城が白い歯を見せた。
「無理じゃないさ。僕だって、今からロック歌手になれるかもしれない」犀川が真面目な顔で言う。「人間、なりたいものには、なれるものだよ」
「先生も音楽やるんですか?」
「いや、全然・・。聴くこともあまりないね。でも、可能性がないわけではない。将棋指しになるよりは簡単だろう?」(p.37)

質問をする場合、一般に、質問者側のレベルが問われることを、彼女は犀川から何度も聞かされていた。下手な質問はできない。(p.193)

花が枯れても、人は泣かない。花はまた咲くからか。いや、人間だってまた生まれる。
失われるのは、躰ではない。死んだ者の記憶だ。
だが、記憶でさえ電子的に保存することができる。再生できないのは、人間の思考だ。思考だけが今の技術では再現できない。(p.302)

「言葉はね、言い方や、言い回しじゃない」犀川は萌絵に言った。「内容はちゃんと伝えないとね。それが、言葉の役目だから」(p.307)

萌絵は犀川に近づく。二人は、数字の11よりも接近した。(p.362)

「どうして、そんなに私のことがわかるの?」萌絵は目を開けた。「そんなに、わかるなら、どうして・・?」
「君が言わないからだよ」犀川は、両サイドのウィンドウを下げる。「相手の思考を楽観的に期待している状況・・、これを、甘えている、というんだ。いいかい、気持ちなんて伝わらない。伝えたいものは、言葉で言いなさい。それが、どんなに難しくても、それ以外に方法はない」(p.365)

何も考えていない自分を認識する。時間だけが過ぎていく自分、すなわち、犀川という名前のない自分である。(p.374)

「どうして?理由は何ですか?何かもう決まっていることがあるのですか?」
「さあ・・、どうしてかな・・」犀川は答に困った。「わからないし、何も決まってないよ。でも、僕は自分の人生にシナリオは書きたくないし。そう・・、君と結婚する可能性だってあるかもしれないね。今からロックスターになったり、将棋指しになる可能性よりは、確率は幾分高いだろう。これくらいの曖昧さで良いかな?」
「駄目よ、そんなのぉ!」
「将来を決めてしまうなんて、恐ろしいじゃないか。そんな恐いことはしたくない」犀川が言う。「台風の進路だって、扇形に広がっているだろう?人間の進路はもっと広角だ」(p.460)