過去の記憶は都合のいい願望なのか?人間の脳こそが最大のミステリー「日の名残り」

自分のことは自分自身には永久にわからない

とても丁寧で、緻密な作りの小説だった。
第二次世界大戦前後の、イギリスの名門貴族に仕える執事の回顧録という、かなり風変わりな設定の小説で、その、他にはない雰囲気がまずとても良かった。
口調も、いかにも堅苦しい執事という感じで、キャラクターが明確で面白い。

この小説が見事だと思うのは、主人公のスティーブンスがいったいどういう人物なのかということが、客観的な描写で語られるのではなく、スティーブンスの回顧という形で、完全にその主観に基づいた描写でのみ表現されているということだ。
だから、ほぼ全編が、彼から見えた世界という視点で描かれている。
そして、読み進めるに従って、その視点が、中立で客観的なものではなく、非常に偏った、彼の価値観が色濃く映しだされたものだということに、だんだんと気付かされるという仕組みになっている。

人は、過去の記憶を美化して、自分の都合のいいように解釈してしまうものだ。スティーブンスが語る記憶も、多くの部分にそのバイアスが現われていて、事実と願望とが区別がつかなくなっているところがある。
このために、核心のところが巧妙にぼかされることがあって、ミステリーっぽい要素が生まれているというところは、アガサ・クリスティーの「春にして君を離れ」を連想させた。

何が真実なのかは、スティーブンスによって語られる限られた情報しか受け取ることの出来ない読者には判断する術はないのだけれど、それでも、スティーブンスが思い出した、登場人物たちから彼に向けて語られた言葉などを手がかりにして、なんとなく彼を取り巻いていた状況の全体像が浮かび上がってくるという、この表現はとても見事だと思った。

【名言】

私は、表面的なドラマやアクションのなさが、わが国の美しさを一味も二味も違うものにしているのだと思います。問題は、美しさのもつ落ち着きであり、慎ましさではありますまいか。イギリスの国土は、自分の美しさと偉大さをよく知っていて、大声で叫ぶ必要を認めません。これに比べ、アフリカやアメリカで見られる景観というものは、疑いもなく心を躍らせはいたしますが、その騒がしいほど声高な主張のため、見る者にはいささか劣るという感じを抱かせるのだと存じます。

「転機」とは、たしかにあるのかもしれません。しかし、振り返ってみて初めて、それとわかるもののようでもあります。いま思い返してみれば、あの瞬間もこの瞬間も、たしかに人生を決定づける重大な一瞬だったように見えます。しかし、当時はそんなことはつゆ思わなかったのです。ミス・ケントンとの関係に多少の混乱が生じても、私にはその混乱を整理していける無限の時間があるような気がしておりました。何日でも、何ヶ月でも、何年でも・・。あの誤解もこの誤解もありました。しかし、私にはそれを訂正していける無限の機会があるような気がしておりました。一見つまらないあれこれの出来事のために、夢全体が永遠に取り返しのつかないものになってしまうなどと、当時、私は何によって知ることができたでしょうか。

「人生、楽しまなくっちゃ。夕方が一日でいちばんいい時間なんだ。脚を伸ばして、のんびりするのさ。夕方がいちばんいい。わしはそう思う。みんなにも尋ねてごらんよ。夕方が一日でいちばんいい時間だって言うよ」

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