五重塔


五重塔(幸田露伴/岩波書店)

言葉と音がとても美しく、音読をするのにふさわしい物語だと思う。
紙芝居を聞かせてもらっているような、先が気になるような展開になっていて、シンプルで流れるようなリズムの良さがある。
この小説は、個人という枠を超えて、人はどこまで芸術に殉じることが出来るのだろうかということを問いかけている話しなのだと思った。
十兵衛の、立派な五重塔を自分の手で建てたいという思いの強さは、職人的でもあるけれど、それ以上に、この孤高さはやはり芸術家の精神なのだろうと思う。
芸術家の魂を持つものの常として、中途半端な処世とは相容れることがない。逆にいえば、現実的な処世を考えることがないからこそ、一念を貫いて、余人には真似の出来ない作品を創りだすことが出来るのだという気がする。
時代は違えど、ここで語られている芸術への情熱というのは、現代でもあてはまる普遍的なテーマなのだと思った。
【名言】
上人これを熟視たまふに、初重より五重までの配合、屋根庇廂の勾配、腰の高さ、樽木の割賦、九輪請花露盤宝珠の体裁まで何処に可厭なるところもなく、水際立つたる細工ぶり、これがあの不器用らしき男の手にて出来たるものかと疑はるるほど巧緻なれば、独り私に嘆じたまひて、かほどの技量を有ちながら空しく埋もれ、名を発せず世を経るものもある事か、傍眼にさへも気の毒なるを当人の身となりては如何に口惜しきことならむ。(p.28)
下げたる頭を徐に上げ円の眼を剥き出して、一ツの仕事を二人でするは、よしや十兵衛心になつても副になつても、厭なりやどうしても出来ませぬ、親方一人で御建てなされ、私は馬鹿で終わりまする、と皆までいはせず源太は怒つて、これほど事を分けていふ我の親切を無にしてもか。(p.54)
十兵衛不興気の眼でぢつと見ながら、ああ構ふてくれずともよい、出ては行かぬは、風が吹いたとて騒ぐには及ばぬ、七蔵殿御苦労でござりましたが塔は大丈夫倒れませぬ、なんのこれほどの暴風雨で倒れたり折れたりするやうな脆いものではござりませねば、十兵衛が出掛けてまゐるにも及びませぬ。(p.109)