貧乏はお金持ち


貧乏はお金持ち(橘玲/講談社)

最高に面白かった。
タイトルからして、安易なノウハウ本か、ありがちな自己啓発本かと思いきや、まったく違った。そういう、薄っぺらい内容ではなく、とことんまで実践的でロジカルな、中身の濃い本だった。
この本を読むと、税制に詳しく通じているということが、いかに有利に働くかということがよくわかるし、日本の会社法と税法がどれだけ未整備なものであるかということが、これ以上ないぐらいによく理解できる。
表紙には、副題として小さい字で「Poor on Paper, Rich in the Bank」と書いてある。この副題は、この「貧乏はお金持ち」という本が語っている本質を見事に言い表していて、「自発的に見かけ上の収入を減らす」ことの重要さが中心テーマになっている。
会社員の場合にはすべてが会社任せになってしまう納税を、「マイクロ法人」という小さな会社を設立して、間に立てることで、財務会計と税務会計とのギャップをみずから調整して、最適化することが出来るようになる。
それは、一般的に「節税」という言葉で語られていることであるけれども、その根本的な仕組みについて、この本ほどわかりやすく、実際的な内容で説明している本は見たことがない。
文章そのものがシンプルで面白くて、途中、アメリカと日本の経済で、ここ数年の間に起こった出来事についての解説などがぽつぽつと入るのだけれど、そういう話しが、最高に楽しい。金融のプロの人からしてみたら当たり前の内容ばかりなのかも知れないけれど、それを、感動するほどの文章力で、金融の専門家でなくてもわかるぐらいに丁寧に説明してくれる、とても素晴らしい本だと思った。
【名言】
サラリーマンは、すべてのリスクを会社という一点に集中させている。それに対してフリーエージェントは、収入源を複数にしてリスクを分散している。どちらが有利かはケース・バイ・ケースだが、不確実性の時代には分散型の収益モデルのほうが耐性は高そうだ。(p.18)
誰もが知っていることだが、高校中退で三十歳まで正規の仕事をしたことがなければ、まともな会社はどこも相手にしない。それを、「職業訓練を受ければ君だって正社員になれる」と諭すのは、偽善というよりもほとんど詐欺である。彼らの問題は人的資本がマイナスになっていることで、学歴や職歴の欠落を初歩的な職業訓練で挽回することはできない。
人的資本とは、労働市場で客観的に評価される「稼ぐちから」のことだ。理屈のうえではこれは人格(アイデンティティ)とは別のものだが、人的資本を否定される(面接で落とされたり仕事をクビになったりする)と、おうおうにして自分自身をまるごと否定されたように感じる。こうして生きる気力を失い、社会復帰はますます困難になる。
ところが不思議なことに、取引相手が法人になると個々の人的資本は問題にされなくなる。社員やアルバイトを採用するときは履歴書(人的資本の評価表)の提出が必須だが、会社と新規の取引をはじめる際に社長や社員の学歴を問いただすことはない。
あなたの会社に10年間海外を放浪していた若者が職を求めてやってきたとすると、その印象はきわめてネガティブなものにちがいない。だが若者が会社社長の名刺を出し、「海外生活を体験したあと日本に戻って事業を興した」と言ったとしたらどうだろう。「いまどきの若者にしては気骨がある」と、むしろポジティブに受け取るかもしれない。これは明らかに錯覚なのだが、同じ経歴でも法人を介在させることで第一印象を大きく変えることができる。(p.89)
所得税と法人税の税率が大きく異なるため、所得の受け取り方次第で有利になったり不利になったりする。とりわけマイクロ法人では、自分(法人)が自分(取締役)に報酬を支払うのだから、税コストを最適化するための所得分配がきわめて容易だ。(p.175)
制度上、日本には二種類の年金制度と健康保険制度があり、一方は他方より有利である。こうした矛盾が生じたのは政府の失敗であり、国民に公的保険制度への加入義務が課せられているとしても、あえて不利なほうを選ぶ理由はない。これを不公平というのなら、サラリーマンも保険制度を自由に選択できるようにするべきだ。(p.180)
理想主義に拠って立つ申告納税制度を前提にすれば、合理的な納税者は次のように行動するだろう。
1)説明できない(アカウンタブルでない)ことはしない。
2)説明できる(アカウンタブルな)ものはすべて経費として損金計上する。
3)そのうえで、税務調査で否認されたものだけを訂正する。(p.210)
原則として、法人には三年に一回程度の調査を行うことになっており、赤字法人への調査も定期的に行われているとされている。ところで、もしも仮にマイクロ法人フクダに税務調査が入ったとしたら、それはマスオさんにとって、無料で税の専門家に帳簿の付け方や正しい申告方法を教えてもらえるまたとない機会になるだろう。だがこれは、税務調査官にとってはなんの意味もないボランティアだから、どれほど心待ちにしていても、こういうおいしい話しはめったに実現しない。(p.225)
厳密にいうとリスクと不確実性は別のもので、金融市場を考えるうえでのこ区別はとても重要だ。数学的には、リスクとは確率的に把握可能なばらつきのことで、統計的に最大値と最小値を管理できる。それに対して不確実性は、統計(標準偏差)によっても予測することのできないばらつきで、突然、とんでもない値がでてきたりする。
金融市場が管理できるリスク世界なのか、管理不能の不確実な世界なのかは長い議論があったが、2008年秋の世界金融危機において、統計的にはありえない出来事が毎日のように起きたことから「不確実説」が有力になった。(p.241)
MSCB(下方転換価額修正条項付き転換社債)は欧米の株式市場ではありえない資金調達方法で、もし実行すれば確実に株主代表訴訟の対象になる(世界金融危機でも、MSCBで資金調達した欧米の金融機関はなかった)。ところが日本市場ではそれが当たり前のように行われ、金融庁や証券取引所も黙認している。(p.249)
LBO(レバレッジドバイアウト)において、買収先を担保とした融資にはきわめて高いリスクプレミアムが上乗せされている。これはハイイールド債(ジャンク債)そのものだから、ミルケンのみがその圧倒的な営業力で自分の顧客にこの債券を売り込むことができた。ジャンク債の帝王は80年代のM&Aブームで強大な影響力を持つようになり、触れるものすべてを黄金に変えるミダス王のように天文学的な富を生み出した。(p.256)
年利5パーセントで100円を定期預金すれば、一年後の価格(将来価値)は105円になる(100円×1.05)。このことを逆にいうと、一年後に105円になる定期預金の価格(現在価格)は、(金利5パーセントするならば)100円だ(105円÷1.05)。現在の100円と将来の105円が同じなのは、「未来よりもいまが大事」だからである。
これは当たり前のようだが、金融を理解するうえでもっとも重要な公理だ。現金はいつでも好きなときに買物や食事に使えるが、定期預金は一定期間待たなくては自由にならない。貸し手の立場からすれば、利子とは価値の高い「現在」を価値の低い「将来」と交換することの代償なのだ。(p.267)
ここで、マイクロ法人を含む家計の資金繰りを管理し、倒産や自己破産という最悪の事態を避けるためのポイントをまとめておこう。
1)買掛金を多く、売掛金を少なくする(現金で受け取り、つけで支払う)
2)固定資産よりも流動資産を保有する
3)資金調達する際には、低利の資金を余裕をもって借りておく。(p.273)
ほとんどのひとは、不要な借金をすることを不合理だと思っている。真面目な人ほど借金を悪と考える。必要に迫られて融資を申し込むならともかく、意味もないお金を借りるなんて言語道断、というわけだ。個人の主義主張や人生哲学に意義を差し挟むつもりはないが、しかしこの考え方には重大な事実誤認がある。たしかにほとんどのひとは、必要に迫られて借金をする。だがそのときには、高利貸しを除いて誰もお金を貸してはくれないのだ。(p.280)
テレビや新聞は「グローバル資本主義」を高みから批判するひとたちで溢れている。製品やスローライフをしたり顔で説くひともいる。だが彼らは、いちばん大切なことを教えてはくれない。リスクを取る以上、徹底してリアルでなければ夢を実現することなどできはしないのだ。(p.307)