
モノ作りの仕事では、常に自分の作りたいものだけを作ることが出来るわけではない。
どちらかといえば、そういう恵まれた条件で制作が出来ることは稀なケースで、何かを作ろうとする過程には多かれ少なかれ、必ず制約がつきまとう。
たとえばシステムの開発で言えば、それは納期であったり、予算であったり、技術的な壁であったり、クライアントからの無理難題であったりする。
しかし、「いい仕事が出来た」と思う時というのは、そういった悪条件が重なったにも関わらず、それを乗り越えて一つの作品が出来上がった時なのだと思う。
この映画は、そういったモノ作りの難しさと喜びを見事に表現した名作だ。
物語の舞台は、戦時の言論統制下の日本。その時代には演劇の台本にもすべて検閲が入り、お上の許可を得ない演劇は公演をおこなうことが出来なかった。
外国語は禁止。「お国のために」というセリフが3回以上ない劇は禁止。たとえ喜劇であっても、客を笑わせる描写は禁止。
検閲官が次々と出してくる制限の中で、劇作家はどうやって表現活動をおこなうのか。どんな無理難題を出されても、劇作家は決してあきらめることはない。そしていつしか、検閲官と劇作家の間には共通の情熱が生まれる。
環境が良くないとか、クライアントの理解がないといった理由でいいモノが作れないのだとしたら、それはどこかに甘えが残っているのだと思う。
本当のクリエイターとは、悪条件の中でこそ、それを突破して優れた作品を作る意思と能力を持っている人のことだと思うからだ。
こんなに、笑って、なおかつ感動した映画は初めてだった。
今何かを作っている、すべての人にオススメの作品。
» 2005 » 11月のブログ記事

言いまつがい(糸井 重里・ほぼ日刊イトイ新聞/新潮社)
【コメント】
最高に笑った。
これは電車の中では読めない、と思いながら、一人でウケまくっていた。
人に話して聞かせて面白いものもあるけれど、これは活字で読んだほうがより一層面白いんじゃないかと思う。
【名言】
友だちが、年配の人の話に感心して思わず、「さすがは生き地獄ですね」と言ってました・・生き字引だろ。
わたしの言うことに、「あ~、ミゾにはまるわぁ」と言いながら笑ってくれる友人がいます。「そりゃツボだよ」と思いながらも、話を楽しんでもらってるのでいつも黙ってます。
学生の時、居酒屋でバイトをしていたときのことです。年末の忘年会シーズンで、あちらこちらから声をかけられ、接客にてんてこまいだった私。あるテーブルに、小走りで駆けつけ、大変お待たせいたしました、と言おうとしたところ、「大変お待たせいたした!」と言ってしまった・・。お客さんは大爆笑で、そのテーブルに行くたびに「ビールをひとつたのむでござる」と侍言葉で注文をされ続けました・・。
母は、家に遊びにきていた友達を玄関で送ったあと、その人がスクーターのヘルメットを忘れたことに気づいて、「奥さん!鉄カブト忘れてる!」と大声で追っていきました。
僕はマクドナルドでバイトしています。先日ハッピーセットのおもちゃが犬のぬいぐるみの時、お母さんが子供に向かって「マルチーズとダッフンダどっちにするの!?」と叫んでいました。
姉は社会人になって間もないころ、マーケティング部からの電話を、「まめ天狗からです」と取り次いだそうです。
社会人になってはじめての会議で、緊張のあまり「6個」ということばが突然思い出せなくて「この商品にはボタンがむっこ必要です」と言ってしまった・・。
担任の先生からの年賀状に「あなたは少し、おっちょちょいなところがあるから」と書いてありました。
中学生のとき、友人と2人で野球のテレビゲームをやっていて、ホームランを打たれました。画面の「HOME RUN」の文字を見て、喜んだ友人は「ホメルーン!」と叫びました。彼は現在、北海道の公立高校の教員です。
会社で内線をとると、受付の子がヒソヒソ声で「すみません、『セクシー・ハウス』というところからお電話なんですけど、回していいですか?」。不審に思いつつ電話に出ると、「積水ハウス」さんからだった。
大学の時、みちばたで外人さんに道をきかれたとき、友人は、「イエス。イエス」と相づちをうつところを、「ウォンチュッ。ウォンチュッ」とうなずいていました。隣で聞いていて、ひっくりかえりそうになりましたが、彼女はとても早口なので、相手の外人さんは気づかず、ことなきを得ました。
