人生の中の、どこに成功があって、どこに失敗があって、ということを一つ一つ細かく数え上げて過ごしたとしても、最後に死ぬ時にはそんなものはすべてプラスマイナスゼロになる。
クイズ番組で、1点、2点の勝負を99問続けてきた後、最後の100問目はボーナス問題で全員に10000点プレゼントです、と言われるようなものだ。
それぐらい、人が死ぬ、というのはすべての人に共通する大きな共通項で、その共通項の前では、誰かと誰かの幸せ度合いを比べてみたところで、取るに足らない些細な差だろう。
だから、たとえどんな内容であったとしても、50年の人生には等しく50年の価値があって、それらの間に、たいした違いはないのだと思う。
» 2006 » 3月のブログ記事
どんなにツラい時期で、それが毎日毎日永遠に続くように思えても、いつか必ずその時期は終わりを告げて、過去の出来事として振り返ることが出来るようになる。
だから、ツラい中でも、どれだけその先のステップのための準備をしているかが、運命の分かれ道なんだろうと思う。
「そんなことを考えたり、やっている余裕がない」というのであれば、その人は、そこまでだ。
たとえ作家のような、言葉を使った仕事に就くつもりではなくても、文章で表現をすることは大事なことだ。
表現者というのは、魂のあり方が何らかの表現をしたがっている人、ということで、その手段は何であろうとすべて繋がっている。
文章で表現を続けるうち、自分のやりたいことがわかってきて、それはきっと別の形の表現にも必ず活きてくる。
とにかく何らかの形で表現をしていないと、自分のやりたいことはわからない。
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