» 2007 » 3月のブログ記事

待ち合わせの時間や会議の開始時間に、5分遅れて着くのと、5分早く着くのでは、同じ5分でも全然状況が違う。約束の時間に遅れることには、大きなデメリットがあるばかりで、一つもメリットはない。
時間ぴったりに到着するように行動しているというのは、一見ムダがない行動に見えて、見積もりよりも到着時間が前後してしまうリスクを考えると、実際にはとても分が悪い賭けをしているようなものだ。
だから、「少し早めに行動する」ことのコストパフォーマンスは、長期的に見るとものすごく大きい。
しかも、「5分早く着くこと」は別にムダではなくて、その5分の間にも出来ることはあって、失われる時間があるわけではないのだから、ノーリスクハイパフォーマンスだと言ってもいい。
「少し早めに行動する習慣」を生涯にわたる経済価値に換算したら、1億円ぐらいにはなるかもしれない。

粉飾決算の容疑で証券取引法違反の罪に問われた一人の男が、実刑判決を受けた。
国のやることもマスコミの論調も不公平だと思うし、同情の余地もおおいにあると思う。本人の知らないうちに物事が進んでいただけかもしれないし、そもそもすべてはでっちあげの陰謀だったのかもしれない。
でも、たとえ無罪であったとしても、自分の経営する会社の株を買ってくれた人が損害を受けたということだけは事実だ。だから、あれこれと言い訳をしたり憤慨したりする前に、自分の持っている財産はすべてなげうって、株主の損失の埋め合わせをしてもよいだろうと思う。
そうする責任はなかったとしても、「そこまでするか?」と思われるぐらい、自分の持ち物はなげうってもいいだろうと思う。たとえそうしても、短期間で会社を成長させた経験とノウハウは自分の中に残る。
将来、再起をはかってもう一度起業をしようとした時、何十億の金があるのと、多くの人の協力があるのと、どちらかを選べるとしたら、人の協力があったほうがずっと上手くいきやすいし、面白いし、価値があるだろうと思う。
どれだけ財産があっても、誰の協力も得られなければ、結局、再起は出来ないだろうと思うからだ。

今からどこかに探しにいって、見つかるような自分は何もない。
20年も生きれば、自分にとって必要な知識も資質も才能も、すべてその人生の中に含まれている。やるべきことの原型は既に揃っているし、発見もされ尽くしている。
人生をがらりと変えるような転機や出会いは、待っていても訪れることはない。必要な転機や出会いであれば、それが発生するための条件は既におおよそ整っている。
要するに、今いる場所からどこか遠く離れた場所に一瞬でワープ出来るという可能性を、期待するべきではない。
これは、希望がないということを云いたいわけではない。
大事なものや必要なものは、求めなくても既にすべて持っていて、ただそれを思い出せばいいという、希望に満ちた話しなのだ。

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