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2007年12月31日

幸福論

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幸福論(アラン/白水社)

アランの唱える「幸福論」は、どこまでも実際的で、楽観的だ。
幸福とは、ただ待って手に入るものでは決してなく、常に、積極的な行動によって近づくことが出来るものだと信じて疑わない。そして、真の喜びは、楽な生活の中ではなく、苦しみの中にこそあるのだと、このことも何度も繰り返し述べている。その意味で、アランという人は、単に幸福を求める夢想家というよりは、常にとことんまで現実に照らして物事を考えた行動家であったのだと思う。
人は、自分の想像によって自分自身を苦しめていることが非常に多いので、とにかく物事は楽観的に考えたほうがいい。そういう考えがベースにあるので、この本はどの章をとっても驚くほど前向きだ。
「こうすればいい」という具体的な指示を示してはいないけれども、ただじっとしているのではなく、何か行動として表現をしなければという気持ちに、この本はさせる。一つの章につき、2~3ページ程度の短文にまとめられているので、読みやすいのもいいところだ。

【名言】
寒さに抵抗するしかたはただ一つしかない。それは寒さに満足することだ。そして、よろこびの達人であるスピノザ流にいえば、「私が満足しているのは暖まったからではない。満足しているから暖まるのである。」だからいつでもこう考えなければならない。「成功したから満足しているのではない。満足していたから成功したのだ」と。もしよろこびを探しに行くなら、まずよろこびを蓄えることである。手に入れるまえにお礼を言うがいい。希望というものは希望する理由を生み出し、良い前兆は本物を実現させるからである。(p.69)

私としては、将来のことは考えないで、自分の足もとだけを予見しているほうがずっと好きだ。どんなにわれわれが物知りになれるにせよ、われわれの眼光がそれほど遠くまで及ぶものとは、私は考えないからだ。だれの場合でも、重大なことはすべて、思いがけなく、また予見されずに起こるものであることに、私は気づいた。(p.85)

現在というものには、いつも力と若さとがある。そして、人は確実な動きをもって現在に順応する。だれでもこのことを感じているのに、だれひとりこれを信じない。習慣は一種の偶像であり、それはわれわれが服従することで力をもつ。そしてこの場合、われわれを欺くのは考えである。われわれに考えられないことは、またなしえないことだと思われるからだ。(p.101)

戦闘はたしかに、死を考えることのもっとも少ない状況のひとつである。ここから次のような逆説が出てくる。生というものはこれを満たせば満たすほど、失う心配がなくなる。(p.125)

未来が怖ろしいなどと、きみは言う。きみは自分の知らないことを話しているのだ。出来事というのはいつだって、われわれの期待どおりになるものではない。それにきみの現在の苦痛だが、まさにそれがたいへん激しいだけに、やがて減退することを確信していい。すべては変わり、すべては過ぎ去る。この格言はしばしばわれわれを悲しませた。ずっと少ないが、ときにはわれわれを慰めることもある。(p.167)

優柔不断は最大の悪だ、とデカルトは言った。このことを彼は繰り返し言っているが、説明はしていない。人間の本性に関して、私はこれ以上の光明を知らない。あらゆる情念、その不毛な運動は、すべてこれによって説明される。運まかせの勝負事のもつ力が魂の高みにあることは知られなさすぎるが、こうした勝負が面白いのは、人を決断させる力を持っているからである。(p.235)

礼儀正しいとは、すべての身ぶり、すべての言葉によって、「苛立つまい、人生のこの瞬間をだいなしにすまい」と言うか、表情で示すかすることである。(p.255)

2007年12月30日

板割り

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空手の「板割り」を体験させてもらった。
板を両手で持っている人がいて、その板を手のひらで打つ。
結構厚い板で、2cmくらいある。
見た感じでは、とても平手で割れるようには見えない。
それを、割らせてもらうことになった。

重要なことは「絶対に割れる、と確信すること」だと言われた。
中途半端にやって割れないのが一番痛い。とても痛い。だから、やるからには必ず割るつもりで打たないといけない、と言われた。
チャンスは一回きりで、やり直しはない、とも言われた。

自分がやる前に、一人、割った人がいた。
その瞬間に「ああ、本当にあんな厚い板でも割れるものなのか」と思った。これはとても大きなことで、そのおかげで「やれば割れるものなんだ」と信じることが出来た。

打つのはコワかったけれど、やらざるを得ない状況なので、やるしかない。
打ってみたら、割れた。
後から考えても、割れたということがイマイチ実感出来ない。
ただ、打つ瞬間には確かに、ただ「割る」ことしか考えていなかった。
一瞬でも「ムリだろう」と思っていたら、割れなかったんだろうと思う。

今回の場合、自分の前に、実際に割れた前例があったことが心理的にとても大きかった。
今後、同じような場面があった時に、たとえ前例がなかったとしても「出来る」と信じこめるかどうかが重要なことなんだというのは、大きな気づきだった。
そして、そういう時というのはたいてい、やはり「チャンスは一回きりで、やり直しはない」という場面なんだろうと思う。

2007年12月29日

メトロに乗って

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「メトロに乗って」のミュージカルを観た。

舞台の中で一番シビれたのは、物語の非常に重要なキーとなる、アムールという人物が登場するシーンだった。
階段の上にアムールが登場した瞬間、舞台の空気や色あいや音楽が変わって、世界が一瞬にして変わったのだということがわかる。
ある人物が自分の人生の中に登場したことによって、明らかに自分の中の何かが変容したのだ。

たとえば三国志や水滸伝のような小説で、一番面白くてワクワクするのは、時代の英雄と英雄とが出会った瞬間だ。
その人物との出会いによって、いったい何が起こるのかはその時点ではお互いにわからない。ただ、その出会いの瞬間の前と後では、はっきりと世界の色が変わる。
人生というのは、そういう、後から振り返れば運命としか呼べないような出会いによって彩られているのだろうと思う。

■音楽座ミュージカル「メトロに乗って」
http://www.ongakuza-musical.com/sakuhin/metro_archive.php

2007年12月28日

Salvatoreのピザ

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ピザというのは、店によってだいぶその特徴が変わる食べ物だと思う。
生地が薄い厚いという違いもあるし、外周部分がもちもちしているかパリッとしているかという違いもある。焼き加減も、トマトソースの味も、結構店によって変わってくる。
店による違いの分だけ、食べる人の好みも色々で、もちもち派もいればパリッと派もいたりする。
今まで、他の人に「ここのピザは旨い」とおススメされても、ピザの好みがその人と根本的に違う場合、イマイチな感想になってしまうことが多くて、なかなかドンピシャのピザ屋はなかったのだけれど、ついに「これがストライクゾーンです」というピザ屋に出会った。
それが、「Salvatore Cuomo Japan」。

気に入りポイントは、
・ピザ生地が薄い
・外周の持ち手の部分も薄くてパリッとしている
・トマトソースとチーズが抜群に旨い
・辛味オイルを好みでかけられる
・カプレーゼやキノコなどの前菜が旨い
・カフェラテが旨い

チェーン店なので、都内各地に支店があるというのも素晴らしい。
自由が丘にも支店が出来てくれないか、と心から願っている。

【Salvatore Cuomo Japan】
http://www.salvatore.jp/

2007年12月27日

MASTERキートン

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MASTERキートン
MASTERキートン(1~18巻)(勝鹿北星・浦沢直樹/小学館)

「人生を変えた本」を挙げるとしたら、自分の場合はまず第一にこの作品を選ぶだろう。
「マスターキートン」によって与えられた影響は2つあって、一つには、ヨーロッパの文化についての知識と憧れを植え付けてくれたこと。そして、もう一つは、考古学者という職業と、歴史という学問についての興味をおおいにかきたてられたことだった。

物語の舞台はヨーロッパを中心に世界中に場所を移していて、プロットがとても緻密であることと、風景の描写が正確であることで、色々な街を旅しているような気分になる。
日本人とイギリス人のハーフである、平賀=キートン=太一の生活は、インディージョーンズほど波乱万丈なものではなく、もっと平凡だ。
ただ、そういう彼が経験する冒険であるゆえに、日常の中にも、好奇心さえあれば、魅力に満ちた世界への扉は常に開かれているのだということに、大きな希望を感じたのだった。
高校3年生だった当時、それまで理系の学部に進学するつもりでいた自分は、「マスターキートン」に大いに影響を受けて、歴史を勉強するために文学部に進学することに決めた。
もしこの本に出会っていなかったら、その後の人生はだいぶ違ったものになっていただろうと思う。

2007年12月26日

ハンパじゃないカーナビ

今使っているパナソニックのカーナビは、電源が入った直後の起動画面で「お姉さん」が登場して、注意事項の説明をしてくれるのだけれど、その服装が毎回毎回変わる。

最初は、せいぜい数パターンくらいだろうと思っていたら、どれだけあるのかわからないぐらい、服装のレパートリーが頻繁に変わる。
夏には浴衣になり、冬にはマフラー姿になる。時々OLになったり、パーティードレスになったりもする。正月には振袖に着替えて、時間が夜遅くになるとパジャマに着替える。
で、クリスマスには当然のようにサンタクロースの服装で出てきた。
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パナソニックの開発チームの、このこだわり方はハンパじゃないと思った。中途半端に機能性を追求するのではなく、カーナビの本質とまったく関係ないところに賭けるこの情熱を讃えたい。

2007年12月25日

芝浦食肉市場

前に水晶堂で書いた、森達也さんの本「いのちの食べ方」を多苗に薦めて読ませたところ、「芝浦の食肉市場に見学のアポを取ったから、明日行こう」と声をかけてくれた。

芝浦の食肉市場では、大動物(牛)と、小動物(豚)の2種類が解体されている。
見学というのは屠蓄と解体作業のことと思いこんでいて、見慣れないその現場を果たして正視出来るだろうかと不安に思っていた。
しかし、衛生管理が徹底されている、防菌服や消毒が不可欠な場所なので、そもそも簡単に入れるような所ではなく、解体作業については、代わりに視聴覚室のような場所でビデオを観ることで説明を受けた。

ビデオは、NHK教育の小学生向け番組のような、「博士」が「子供たち」2人に向かって解説をする構成になっていて、「だいぶ内容を端折って適当にまとめた、おざなりな内容だろう」と思っていたのだけれど、全然違って、予想を大きく超えたものだった。
解体のプロセスを、余すところなく最初から最後まで伝えていて、更には屠場と差別の歴史についても、職員のインタビューを含めて説明がされていた。ビデオの後には、担当の方に直接詳しく話しをしていただいた。

日本は、仏教の影響で獣肉を穢れとしてきたという文化があり、江戸時代には職業の貴賎において、屠蓄業というものが差別を受けてきたという歴史もあった。
西洋文化が伝わった後は、肉食は日本人にとっても日常的な習慣になったけれど、その後にも穢れの意識だけは残った

スタジオジブリが発売している「人間は何を食べてきたか」というビデオの1巻では、ドイツの、ソーセージを特産品としている街の紹介がされていて、そこでは、何軒かに1軒の割合で肉屋を営んでいる家があって、道端で豚の解体をおこなっている。
それは、日本でいえば魚をさばいているような感じで、一つの日常風景であり、欧米では単に肉屋という職業の一つなのだ。その、手際のいい動きからは、プロフェッショナルとしての技と誇りも感られる。だから、生活の中から不自然に隠されているということもまったくない。

食肉市場で観せてもらったビデオは、一般には市販も配布もされていないという。
それは、内容的にデリケートなものであるため、担当の方が併せて解説をする必要を感じてのことであるらしい。その代わり、見学の予約を入れれば、誰にでもビデオを放映してくれる。
今回もまた、「いのちの食べ方」の本と同じく、自分の中だけにおさめるには惜しい、やはり多くの人に知ってもらいたいと思う内容だった。

■東京都中央卸売市場食肉市場・芝浦屠場
http://www.shijou.metro.tokyo.jp/syokuniku/syokuniku_top.html
東京都港区港南2-7-19
03-5479-0651
開場時間:平日10時~18時

2007年12月24日

そうだ、村上さんに聞いてみよう

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「そうだ、村上さんに聞いてみよう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける282の大疑問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?(朝日新聞社)

読者からの質問メールに、村上春樹氏本人が一通一通丁寧に答えていくという、ラジオ相談室のような形式でのやりとりをまとめた本。ごく平凡な質問から、かなり緊迫感のあるシビアな質問まで、様々な質問があるけれども、どれも独特のユーモアを交えて、実に軽やかに答えている。
小説の世界とはまったく異なる文章だけれど、筆者の人間性がにじみ出ているこちらの文章にも、小説以上に面白い内容がたくさんある。
基本的には、どの回答にも真面目に答えるよりは、ウィットを重視した内容が多くて、それも良いのだけれど、「文章」「文学」についての問いには、真正面から真面目に答えていることが多く、これは、とてもなるほどと思う内容が多い。エッセイに近いものがあるけれども、問い自体は他者から与えられているので、話題があちこちの方面に及んでバラエティーに富んでいて、エッセイよりもずっと読み物として楽しい。


【名言】
マンネリになったことがあるか?ということですが、マンネリになったら、僕なら、その時点で離れます。それはとてもはっきりしています。人生というのは退屈しながら生きていくにはあまりに貴重なものです。ほんとに。(p.47)

人生の変わり目はだいたいにおいて、向こうからあなたを選びます。あなたが選ぶことはほとんどありません。ほんとに。チャオ。(p.93)

文学というのは85パーセントまで、心持ちと志(こころざし)の世界なのです。それは人種やジェンダーの差異を超えたものです。(p.147)

多くの人に触れていろんな経験をすることももちろん大事ですが、ものを書くためには、経験さえすればいいというものではないように思います。経験の中にどれくらい自分の「共振性」を見いだせるか、というのが大事なことだと思います。わずかな平凡な体験からでも、多くのことを引き出すことは可能です。(p.160)

2007年12月23日

瀬戸

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自由が丘の正面口を出て、三井住友銀行の右横の細い路地を入ると、マクドナルドの斜め向かいに、時代を感じさせる定食屋がある。
カウンター席が7席ほどあるだけの狭い店で、昔ながらの定食屋という雰囲気だ。
おばさんとおじさんの2人でやっていて、とても感じが良い。この居心地のよさのために、常連のお客さんが多いのだと思う。
コロッケ定食や、から揚げ定食など数種類のメニューがあって、どれも旨いけれど、特におススメは生姜焼き定食。キャベツ付きの生姜焼き、つけもの、ごはん、味噌汁、がついて750円。サイドオーダーで玉子や納豆も追加出来る。
これだけコストパフォーマンスもよく、まっとうに「良い店」を続けている食堂が近所にあるというのは、とても嬉しい。

【瀬戸】
東京都目黒区自由が丘2-11-16
03-3723-9443
[月~土]12:00~20:30
[日・祝]12:00~20:00
定休日:水曜日・第3木曜日
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2007年12月22日

チーム・バチスタの栄光

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チーム・バチスタの栄光
チーム・バチスタの栄光(海堂尊/宝島社)

名前からして、サッカーか何かの話しと勘違いしていたのだけれど、「バチスタ」というのは心臓外科手術の名称で、意外にも医療ミステリーの話しだった。
章分けは、「ネガ」「ポジ」「ホログラフ」に分かれていて、その名の通り、ネガとポジでは話しの性質も雰囲気もまったく異なってくる。ネガとポジが両方合わさり、補完しあって、一つの物語が完成するのだ。謎解きで読ませるというよりも、この、構成の見事さで成立しているミステリーといっていい。
文庫版は上下巻の2巻セットになっていて、その、上巻と下巻の分かれ方のセンスが素晴らしい。何故こんな中途半端なところで分けるのか?と最初は思ったけれど、後から考えると、この分け方がベストなのだ。
これがデビュー作にもかかわらず、次回作への伏線と思われる部分も含まれていて、最初から主人公の個性的なキャラクターで続編を作るつもりでいたのだろうと思う。あまり感情移入出来るキャラクターではないけれど、シリーズ化はしやすい設定だと思った。

2007年12月21日

陰謀の世界史

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陰謀の世界史 (文春文庫)
陰謀の世界史(海野弘/文藝春秋)

世界の歴史の中には、20世紀以降だけを取り出してみても、不可思議な現象がたくさんある。ケネディ大統領の暗殺もまだ解明されていないし、911テロも、その真相は一体何だったのか、世間一般には誰にもわかっていない。
「それらの大きな歴史的現象は、特権階級とも言える一握りの人たちが裏で操っていたのではないか」というのが、陰謀史家といわれる人たちの歴史の見方だ。陰謀史家にいわせれば、フランス革命も明治維新も2回の世界大戦もすべて、秘密結社がたくらんだ陰謀だということになる。
その首謀者とみなされる団体には、フリーメーソンのような秘密結社もあれば、CIA、ユダヤ人、ロスチャイルド、財団、銀行、などあらゆる団体が挙げられる。
本書は、「陰謀」をテーマにしてまとめられているために、出来事の見方が偏っているので、その内容を鵜呑みにするわけにはいかないのだけれど、歴史の一つの見方としてとても面白い視点を与えてくれる本だった。情報が膨大すぎて、一回読んだだけではとても消化しきれない。
ロスチャイルド家の広大な裏社会ネットワークを網羅した、広瀬隆氏の「赤い楯」に匹敵する厚みがあった。
題材として扱われている歴史的出来事や、登場人物、国家関係がとても幅広いので、一冊の中にかなりの情報量が詰まったデータベースだといえる。その分、その内容を充分に理解するには現代史の知識が求められるので、関連する出来事を勉強しながら繰り返し読むと、さらに面白くなる本だと思った。

2007年12月20日

ミッション・インポッシブル3

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ミッション・インポッシブル3

シリーズの3作目の今作は、前の2作よりもダントツに面白い。
物語の構成において、今までと大きく違うのは、イーサン・ハント(トム・クルーズ)による「個人戦」から、チームによる「団体戦」へと変化したことだ。もちろん、イーサンの個人技がダントツで突出しているのだけれど、それをサポートしているチームのメンバーも、それぞれに優れた特殊技能を活かして、見事に作戦に寄与している。
舞台を、ベルリン、ヴァチカン、上海と移していきながら、それぞれの街の特徴に合った作戦の立て方をしていくところが、いかにもプロフェッショナルの技で良い。3つの都それぞれの街の魅力を充分に表現した、映像の美しさも素晴らしい。
ミッションインポッシブル2がびっくりするぐらい面白くなかったのは、ジョン・ウー監督風のアクの強いアクション演出が、全然作品の雰囲気に合わず、かなり白けたためだったのだけれど、今作は見事に「ミッション・インポッシブル」独特の空気にマッチした仕上がりになっていると思う。
スパイ活動のための小道具や、車にも「おおっ!」と思わせるものがあり、そのあたりのこだわりも素晴らしい。世界のあちこちに舞台を移しながらも、どこにいてもまるで自分の庭のように当たり前な自然さで行動するところが、「ミッション・インポッシブル」の大きな魅力なのだ。一つの物語の中に見所がいくつもある、とても密度の濃い作品だった。

「M:i:III」(2007年)
出演:トム・クルーズ
監督:J.J.エイブラムス

2007年12月19日

雨の降る日曜は幸福について考えよう

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雨の降る日曜は幸福について考えよう Think Happy Thoughts on Rainy Sundays
雨の降る日曜は幸福について考えよう(橘玲/幻冬舎)

経済的側面から社会の様々な事柄をテーマとして語る。その観察は冷静で、論理的だ。
偏らず、昂らず、独自の視点の語り口は、新たな気づきをたくさん与えてくれた。
世の中の出来事というのは、経済の知識を持っていると持っていないとでは、その見え方が大きく変わってくるものなのだというこということを、この本ほど感じさせてくれたものは今までになかった。

【名言】
有名病院で三分間の治療を受けるのに半日かかる。誰だって、高名な医者に診てもらいたいと思う。病院の選択が自由で医療費が安ければ、患者の集中は防ぎようがない。結果的に、日本では暇な人ほど質の高い医療を受けられる。
金で患者を差別するのは不平等である。では、時間による差別は何と呼ぶのだろう?(p.66)

プライバシーというのは、いったん失えば二度と取り戻すことはできないという際立った特徴を持つ貴重かつ稀少な資産だ。(p.153)

2007年12月18日

世界を信じるためのメソッド

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世界を信じるためのメソッド (よりみちパン!セ)
世界を信じるためのメソッド(森達也/理論社)

あらゆるメディアというのは、宿命的に必ず編集者の主観が入るので、どうしても中立ということはあり得ない。しかし、そのことを理解してテレビ見るのと、理解せずにテレビを見るのでは、まったくその受け止め方が違ってくる。
マスメディアというものが存在しなかった時代には、そこまでメディアというものの影響力を考える必要はなかった。しかし、マスメディアが人類に与えられてからまだ日が浅いにもかかわらず、ごく日常的に、中立性を欠いたメディアによって大きく世論が左右されてしまう現象はいくらでも起こってきた。そしてその編集操作は、常に目に見えない部分でおこなわれているので、その映像や音声がオリジナルそのものではなく、編集されたものだということが、非常にわかりづらくなっている。
その、裏側の仕組みを、実際に裏側にいた人間である筆者の手により語られているこの本のメッセージは、とても重要な示唆に満ちている。
子供向き図書という位置づけなので、文体はかなり噛みくだいて、わかりやすい言葉で書かれてはいるけれど、内容が薄いということはまったくない。この本で書かれているテーマはとても本質的で、子供よりも先に、大人こそが理解していなければいけないことなのだと思った。


【名言】
わかりやすさは大切だ。学校の授業だって、わかりづらいよりはわかりやすいほうが良いに決まっている。でもね、ここで大切なことは、僕たちが生きている今のこの世界は、そもそもとても複雑で、わかりづらいということだ。その複雑さをそのまま伝えていたら、情報にはならない。(p.93)

確かにメディアは急速に進化した。僕たちは自分の部屋から一歩も出ることなく、世界のいろんなことを知ることが出来るようになった。でもここに考え違いがあった。メディアの量はかつてとは比べ物にならないくらいに増えたけれど、それを受け取る人の時間は、一日24時間で昔と変わらない。だからメディアは、いろんな現象や事件を、効率のよう情報にまとめだした。つまり、簡略化。この過程で、いろんな地域、国、組織に属する人たちが、またステレオタイプに押し込まれた。(p.143)

2007年12月17日

ムンク展

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上野の西洋美術館で、2008年1月6日まで「ムンク展」が開催されている。
ムンクは、一作一作の絵を個別に描くよりも、一つのテーマにそって、壁自体をも利用した連作の形でよく作品を作っていて、この展覧会では、その複数の作品がまとまった形での展示にこだわりを出していた。
絵というのは、時間が経つほどに、どうしてもバラバラになって散逸してしまう運命にあるけれど、ミュージシャンが、時には個々の楽曲以上に「アルバム」というまとまりを重要視するように、画家の中にも、複数の絵による世界観を大事に持っている場合は多くあるだろうと思う。

複数の絵を組み合わせた表現というのは、その組み合わせの自由さによって、単体の絵よりもはるかに多くの情報を入れ込むことが出来る。
「叫び」はなかったものの、それとよく似た構図とモチーフを持った、「不安」と「絶望」が展示されていた。これも、この3枚の絵をまとめて見比べることによって、それぞれの絵だけでは気づかなかったものが見えてくる組み合わせだ。

一番気に入った絵は「死臭」という絵だった。(まったく有名な作品ではないので、ネットで画像検索してもさっぱりヒットしなかった。)
空っぽのベッドのあるがらんとした部屋に、何人かの人が詰め掛けて、みんなが鼻をおさえて「ん?何か変なにおいがするな?」という顔をしている。
ただ一人、その人々の真ん中に立っている青白い顔をした老婆だけが、何もせずにじっとうつむいている。つまりこの人は、既に死んでいるのだ。
絵の右半分には人々が集まっているのに、左半分には何もないからっぽの空間が、バランス悪くがらんと広がっている。同じ絵の中なのに、此方と彼方ではとてつもない距離があるように感じられる。ものすごい絵だと思った。


「ムンク展」
http://www.tokyo-np.co.jp/event/bi/munch/
開催会場:国立西洋美術館(上野公園内)
開催期間:~2008年1月6日(日)
開館時間:9時30分~17時30分(毎週金曜日は20時まで)
休館日:月曜休館(ただし12月24日は開館)、12/28(金)~1/1(火)

2007年12月16日

Yahoo!地図

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「Yahoo!地図」のコンテンツに、世界地図が追加された。
google mapと比べると、Yahoo!地図のほうが見やすいし、情報が多い気がする。データのソースが、地図の専門であるアルプス社である分、クオリティーやデータの新しさは上回っているのだと思う。
インターフェイスについては、一長一短だけれど、イケていないのは、マウスのホイールによる縮尺の変更が、Ctrlキーを押しながらでないと有効にならないことだ。
Yahoo!は、他のサービスとの連動で、マウスホイールをページのスクロール用に残しておきたいという意図なのだろうけれど、縮尺を変えるという動作は頻繁におこなうものなので、これが片手では実行出来ないというのは、結構気になる。
他のwebサービスとの連携度は、Yahoo!地図はかなり充実しているので、場面に応じてgoogle mapと使い分けるのが良さそうだ。

「Yahoo!地図」
http://map.yahoo.co.jp/

2007年12月15日

マリー・アントワネット

マリー・アントワネット (通常版)
マリー・アントワネット

フランス革命前夜の雰囲気を、社会的な描写はまったく省略して、マリー・アントワネットの視点からのみ描くという、かなり思い切った作品。セットや衣装の美しさを完全に前面に出した、宝塚歌劇的な、ビジュアル重視の映画といえる。
監督が女性ということもあり、マリー・アントワネットの心理描写も、徹底して一人の女性としての視点に立ったものになっている。妙にひねった歴史的解釈を含めるよりも、このぐらいの割り切りがあったほうが好きだ。
フランス革命を描こうとすれば、普通であれば、必然的にマリー・アントワネットのアクの強い性格を表現することに監督は工夫を凝らすだろうと思うけれども、この映画ではそういう趣味の悪いことはまったくしない。これは史実を下敷きにしたパロディーであり、別ものの物語なのだ。
そのため、時代考証や内容の正確性はあてにはならないので、飽くまでエンターテイメントとして、宮廷生活の洗練された雰囲気を楽しむのが正しい鑑賞の仕方なのだと思う、

「マリー・アントワネット」(2006年)
監督:ソフィア・コッポラ
出演:キルスティン・ダンスト

2007年12月14日

いのちの食べかた

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いのちの食べかた(森達也/理論社)

この本を読んで、生まれて初めて、「この本に書かれていることを、一人でも多くの人に読んで、知ってほしい」という気持ちになった。
今の日本で、牛や豚や鶏の肉を食べない人はほとんどいない。まったく何の肉も口にしない日というのは一日だってないだろうと思う。しかし、スーパーでパックに入れられて肉が売られる前に、いったいどうやって「肉が作られているのか」ということは、あまりよくわかっていない。
肉を作るには生き物を殺す過程が必要で、それを日々おこなう屠場は芝浦をはじめとして、全国にいくつもあるけれど、その存在は奇妙なぐらい社会から「無いものとして」扱われている感じがする。
こういうことは、マスコミは決して積極的に報道しようとしない。それは部落問題や差別と密接に関わるために、暗黙のタブーの領域となっているからだ。
学校でもテレビでもそれをちゃんと伝えてはいないから、知らないのもムリはないとはいえ、その根本的な部分を知らずに疑問も持たずにいるまま暮らしているというのは、思考や想像力が止まってしまっている状態なのだと思う。
知らなくてもいいことは世の中にたくさんあるけれど、自分たちの命が他の生き物の命なしには成りたたないということは、何よりも先に知っていなくてはならないことだと思う。
その「知らなくてはならないこと」について、こんなにもわかりやすく書いている本は他に見たことがない。1ページ1ページが、衝撃と感動の連続だった。

2007年12月13日

HBO VOYEUR

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あるマンションを窓から観察して、それぞれの部屋で同時進行でおこっている出来事を俯瞰しながら眺めるという、壮大なスケールのドラマ作品。
無声なので、じっくり様子を見ないと何が起こっているのかわからないけれど、注意深く、何度も繰り返し見るうち、それぞれの部屋で何が起こっているかということや、他の部屋との事件の関連もわかってくる。
この、映像だけで表現する技術や、物語の構成は実にみごとだと思う。Flashの特性を上手に利用して、web向きの仕上がりにもなっている。
映画「裏窓」にインスパイアされたと思われるこのサイト、他にも多くの人が思いつきはしただろうけれど、いざ作るとなると大変な手間と時間がかかるので、実際に作ろうとした人は少ないだろう。
これだけの作品を完成させた製作チームに敬意を表したい。

【HBO VOYEUR】
http://www.hbovoyeur.com/
データ量が多いため、最初に見る時はバッファリングの待ち時間が頻繁に発生するけれど、二回目以降はスムーズに見られる。

それぞれの住人の簡単なプロフィールが
↓のページで紹介されている。
http://www.thestorygetsdeeper.com/learnmore/

2007年12月12日

トーマス・クラウン・アフェアー

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トーマス・クラウン・アフェアー

ピアース・ブロスナンが演じる、トーマス・クラウンがとにかくカッコいい。
スパイやギャングのような特殊な職業に就いているわけではなく、ニューヨークの敏腕ビジネスマンというカタギの職業でありながら、仕事も遊びも、とにかくやることのスケールがでかい。
あまりにスケールがでか過ぎるので、主人公が次にいったい何をやるのか、主人公の行動の意図はいったい何なのか、観ていてまったく予測がつかない。
やることの大きさで魅せる点、本宮ひろ志的世界と共通するところがあるけれど、異なるのは、この映画の主人公トーマスクラウンは、それよりもかなりスマートで、洗練されたキャラクターであることだ。こんな風に出来たらカッコいいなあ、という憧れをさそわれる。
残念なのは、相手役の女優の人があまり魅力的な存在ではなかったことで、何故この人がヒロインなのか?というのはよくわからなかった。

「トーマス・クラウン・アフェアー」(2002年)
出演:ピアース・ブロスナン、レネ・ルッソ
監督:ジョン・マクティアナン

2007年12月11日

ウェブ時代をゆく

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ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書 687)
ウェブ時代をゆく(梅田望夫/筑摩書房)

これからの未来にとても大きな希望を持たせてくれる、前向きな本だった。
筆者の前著の「ウェブ進化論」が現状分析に重点を置いていたのに対して、この「ウェブ時代をゆく」は、この環境下でどのような働き方をするべきなのか、という極めて実践的な内容になっている。
福沢諭吉が「西洋事情」と対にして「学問のすすめ」を書いたとすれば、梅田氏は「ウェブ進化論」と対にして本書を書いたのだといえる。

将棋棋士の羽生さんが言う、「学習の高速道路理論」は、「インターネットによって誰もがものすごいスピードで、ある地点までは到達することが容易になったけれども、その先には大渋滞が待ち構えている」というものだった。
そのような時代に、梅田氏が提唱するのは、修練を重ねてその大渋滞を真っ向から突破する「高く険しい道」を突き進むか、高速道路を下りて前人未到の「けもの道」を歩くか、という2つの選択だ。
それぞれの選択について、今の時代には、「個人の力」や「小さなコミュニティの力」でどこまでのことが可能かということが、具体例を豊富に交えて語られている。
また、本書では、ベンチャー企業や中小企業で働くメリットだけでなく、大企業のメリットも語られていて、どういう人材が大企業に向いているか、ということも詳しく考察されていて、その点も、多くの人に客観的に自分の生き方を考える材料となるだろうと思う。

良い本というのは、ただ現状の観察に終始する本ではなく、読者が今何をすればいいかを示唆し、実際に行動を起こすモチベーションを与えてくれる本だ。その意味で、この本は、まれに見る良書だった。

【名言】
検索エンジンの構築過程で「広告費の価格設定」における「根拠のなさ」というビジネス上の大鉱脈に、グーグルはぶち当たった。依頼「存在理由」をスケール大きく追求していくための原資を得るべく、広告産業の覇権を希求するようになった。そう考えるべきなのである。(p.42)

私は「オープンソース・プロジェクトも、成功するものと失敗するものがあるよね。その差は何だと思う」と尋ねた。「成功するかどうかは、人生をうずめているやつが一人いるかどうかですね」と彼は端的に答えた。(p.66)

私も、外部からの投資を受けず、公開や企業売却も全く考えず、会社は自分が「好きなこと」を「やりたいように続けていく」ための枠組みであって、それ以上でもそれ以下でもない。「こうすれば成長できるかもしれない機会」という可能性は、スモールビジネス・オーナーにとってそれほど重要な要素ではないのである。(p.75)

荒唐無稽ながら私はホームズにおける何がいったい自分へ強い信号を発しているのかを徹底的に自問してみることにした。その結果見えてきた自分の志向性とは、「ある専門性が人から頼りにされていて、人からの依頼で何かが始まり急に忙しくなるが、依頼がないときは徹底的に暇であること」だった。(p.122)

極端に言えば、学生に向かって「おい、誰かきちんとこの講義を録音・撮影して、ネットで公開しておいてくれ」と言うだけで、収録は学生が手持ちの機器に、公開は「iTunes U」のようなプラットフォームに「ただ乗り」できる。世界中の学校が講義を収録して公開しようという意思さえ持てば、MITのように大きなコストをかけずとも、瞬時に公開内容をネット配信できるインフラが整ったということなのである。(p.150)

2007年12月10日

喪男の哲学史

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喪男の哲学史 (現代新書ピース)
喪男の哲学史(本田透/講談社)

古代ギリシアの哲学から現代までの、長い哲学史を、作者独自の史観から一冊にまとめた本。話し言葉調の文体で、かなり軽めなテンポで書かれてはいるけれども、その中身はとても濃く、哲学の発展の歴史がものすごくわかりやすく解説されている。
思想を解説する際には、マンガなど現代のサブカルチャーを題材として取り上げられていることが多く、「現代の作品でいうと、この思想はつまりどういう話しに似ている」という話しに噛みくだいて、簡単な言葉に落とし込んで説明をしているので、わざわざ難解な言葉を使った哲学解説書に比べて、はるかにわかりやすい。
古代から現代までの哲学の通史を概略として理解したいという人に、かなりおススメの一冊。

【名言】
マルクスも含め、十九世紀から二十世紀にかけての西洋社会は三次元を力業で書き換えようとする「一元論主義」一色に染まっていたと言っていいでしょう。ですから、常識では考えられないようなことが実験的に現実の下で行われたりしたわけです。二度の世界大戦とか断種とか民族浄化とか原爆投下とかもう滅茶苦茶です。こういう巨大な悪事をなす人間は、だいたい一元論者なんです。空想と現実の区別がついていないんです。(p.208)

2007年12月09日

城南島海浜公園

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巨大建造物や、巨大な乗り物が好きだ。
羽田空港と海を挟んだ対岸にある城南島海浜公園では、驚くほど近い距離で飛行機を見ることが出来る。しかも数分に1機、山手線や銀座線と同じくらいのペースで、飛行機が飛んでくる。

飛行機のキレイさというのは、見られることを意識してああいう形になったのではなく、空を飛ぶために必要な形を追求した結果、あの形になったというところにあるのだと思う。

羽田空港の展望台からも飛行機は見えるけれど、離発着をするところが主になるので、あまり迫力がない。飛行機はやはり、空を飛んでいてこそだ。
最近は陽が短いので、夜に見やすいというのもいい。

【城南島海浜公園】
http://www.h4.dion.ne.jp/~a-papa/jonanjima.htm
東京都大田区城南島4丁目2-2
ものすごく交通の不便な場所にあるので、車で行くのがおすすめ。

2007年12月08日

柔らかな頬

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柔らかな頬
柔らかな頬(桐野夏生/講談社)

子供の失踪と、自分自身の「原罪」の関係を、細かい心理描写によって語った小説で、単純な家族愛を描くようなことはなく、家族の中にこそ存在する孤独をテーマにしたような作品。
推理小説としての構成は、かなり意表を突かれる。
真実は、事件に関わった人の数だけあるという多面性を含んだストーリーになっていて、とても独特な小説だった。

【名言】
拗ねようが何しようが、カスミと代わる者がどこにもいないのと同様、自分の運命と代わる者もいない。世界中、どこを探してもいない。おまえは、自分以外の人間は皆自分とは違う、というわかりきった真実を経験したことがあるか。俺の腹の痛みがおまえに伝わるか。(p.289)

悪くなんかないよ。あんたの人生なんだから。私はね、あんたに滅茶苦茶にされるのだけはごめんだと思って、気張って生きてきたの。あんたも頑張って。(p.328)

2007年12月07日

スケアクロウ

スケアクロウ
スケアクロウ

映画の良し悪しは、エンドロールがあらわれた瞬間に感じる気持ちにすべてがあらわれるものだと思う。この映画は、その、エンドロールに入る瞬間が最高だ。
話しが進んでいくごとに段々とわかってくる、主人公2人のキャラクターの対比がいい。一緒に旅をしながら時を過ごすことで、友情が生まれると同時に、お互いが影響を与えあって成長していく様子が、実に見事に描かれている話しだ。
スケアクロウというのは「かかし」のことで、かかしは、カラスを追い払うために、その見た目で脅かしているのではなく、笑わせているのかもしれない。
そんな意見を最初はバカにしていたマックスが、ついには従って、人を笑わせるシーンが素晴らしい。

設定が綿密で、細かな伏線が色々とあるので、最初に見たときには意味がわからない部分も、二度目に見た時に「そういうことだったのか」とわかることが多い。そんなところや、一つ一つのセリフにも、つくりの丁寧さを感じる。

「スケアクロウ」(1971年)
監督:ジェリー・シャッツバーグ
出演:ジーン・ハックマン、アル・パチーノ

2007年12月06日

レバレッジ・シンキング

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レバレッジ・シンキング 無限大の成果を生み出す4つの自己投資術
レバレッジ・シンキング(本田直之/東洋経済新報社)

仕事のやり方を変えて、「少ない労力で、多くのパフォーマンスをあげる」レバレッジを意識しよう、という内容の本。日々の業務をマニュアルによりルーチン化したり、時間に期限を設定する、など、書かれている内容は特に新しいものではなく、オーソドックスなものが多い。しかしその分、大いに納得出来ることばかりだった。
この本にも書かれているが、個人的には、レバレッジをきかせる最も効果的な方法は、他者のやり方や前例の良い部分を真似ることだと思っている。だから、「ゼロから1を生む」というクリエイティブな作業よりも「1から100を生む」ことに重点をおいている、この本のスタンスはとても評価できる。
筆者が勧めている本や、雑誌、テレビ番組の紹介は、どういう雑誌やテレビ番組が世間一般的に「質が高い」と考えられているかを知る上で、とても参考になった。

知識にレバレッジをかける、その基本は「1から100を生む」です。「ゼロから1を生む」ではありません。「ゼロから1」は非常にクリエイティブな作業です。発明といっていいでしょう。かかる労力も時間も膨大です。そして、エネルギーをかけたにもかかわらず、成果がたいして上がらないことや、失敗するリスクも高い。せっかくの努力が徒労に終わるかもしれません。一方の「1から100」はレバレッジです。すでにある1の質を高めたり、付加価値を加えるという方法は、少ない労力と時間で成果が上がります。一握りの天才を除いたほとんどの人は、誰か成功した人のやり方を学んで、そこに自分なりの応用を加えるのが成功の近道です。試行錯誤に労力と時間を使うのではなく、すでにある1の質を高めたり、付加価値をつけたりしたほうが、少ない労力と時間で済み、成果が上がりやすいのです。(p.118)

世界ナンバーワンのカリスマコーチといわれるアンソニー・ロビンスはこう言っています。「世界を動かしているような人は、えてして他人の優れているところを盗むことに長けている。彼らは『他人の経験を手本とし、成功のエッセンスを学び取る技術』を習得している。そうすることで時間という貴重な資源を有効に活用しているのである。」(p.123)

大切なのは、相手にどんなバリューを提供しているかです。また、誰を知っているかではなく、誰に知られているかです。「こんな有名人を知っている」という人がいますが、相手はその人のことを全く知らなかったり、少し知っているという程度ということもあります。これでは何も意味がありません。(p.151)

人脈をつくるうえでの基本は、相手にコントリビューション(貢献)することです。もしコントリビューションできるものがなければ、そのときはアプローチせず、何かが出来そうなタイミングでおこなうとよいでしょう。そう考えると、今すぐ著名人と会っても、まず何もコントリビューション出来ません。コントリビューションできる何かを持っているのならお互いに会う価値があると思いますが、そうでないのに会っても、相手もつまらないし、こちらも相手にしてもらえないでしょう。(p.155)

2007年12月05日

中原中也展

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鎌倉の由比ガ浜にある鎌倉文学館で、中原中也の生誕100周年にちなんで開催中の特別展。
詩編そのものの紹介よりも、鎌倉にも縁のあった中原中也の生き様にフォーカスをした展示になっている。

圧倒されたのは、その境涯の凄まじさだ。
恋人は自分の親友(小林秀雄)のもとへと去り、一人目の子についで二人目の子も死に、貧乏と不遇の中、自身も体を病んで30歳の若さで死んでいる。
ほとんどの詩は、同人誌や自費出版でかろうじて発表出来たもので、生きているうちには世間的な評価を受けることはほとんどなかった。

ただ、そういう彼が不幸だったかといえば、それはわからない。
人生のほとんどを詩作に没頭して過ごし、少ないながらも、小林秀雄のような、自分の作品の真価を心から評価してくれる知己もいた。
今なお、中原中也の存在が人の記憶に残っているのは、その様がいかにも詩人としてまっとうされた生涯だったからではないかという気がする。

■企画展 中原中也 詩に生きて
http://www.kamakurabungaku.com/exhibition/
【開催期間】2007年12月16日(日)まで
【開館時間】9:00~16:30(入館は30分前まで)
【休館日】月曜日

2007年12月04日

二進法の犬

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二進法の犬(花村萬月/光文社)

家庭教師が、ヤクザの組長の娘を受け持ってしまったことをきっかけに、その世界にしだいに入り込み、すさまじい博打や抗争に巻き込まれていくという、なんだか悪夢のような話し。しかし、小説でしかあり得ない面白さが、この物語にはある。
主人公の鷲津兵輔は、インテリで何事も理詰めで考えるけれども、ヤクザの組長、乾十郎は「白か黒か」の二進法で、感覚的にすっぱりと物事を断じる。その二人の生まれや思想はまったく異なっているのだけれど、それが徐々に混じり合って共感につながってゆく。
何事もなかった日常生活から、じわじわとヤクザの非日常の世界に引きずりこまれていく様子がとてもスリルがある。話しは長いけれど、途中まったく飽きさせないだけのテーマと内容が充分に詰まっている物語だった。

人は言葉を遣う動物である。言葉とはそれが放たれた瞬間から抽象を獲得する力をもつ。抽象を獲得すればこそ、他者とのコミュニケーションの道具たりえる。しかし、だからこそ自縄自縛に陥り、自らを空しくする。喋れば喋るほど本質から遠ざかり、単なる抽象の羅列に堕落する。口の達者な奴という言葉が褒め言葉でないのは、こういうことからきているのだ。(p.333)

生きること、死ぬこと。完全な博打ですよ。みんな、明確な裏づけもないまま、明日も生きていることに賭けて、あれこれお物事を運んでいるようですけどね。(p.429)

でもね、先生。いいですか。どうせ、死ぬんです。まちがいなく、死ぬ。そして、ほんとうの充足は、死と引き換えです。やはり、生きること、死ぬこと。この確率二分の一が、いちばんの博打ですよ。(p.441)

わかりやすいほうが、楽でいい。でも、飽きるよ。真剣に絵画を見詰めていくと、あるときリアリズム絵画にはどこにも実体がないことに気づくわけだ。もちろん優れた画家のリアリズムは、画家の才能ゆえに、あっさりとリアリズムを超越してしまったりもするが、とりあえず話しをわかりやすくするために、リアリズム絵画は自然と世界を模写しただけのちゃちな複写にすぎないと規定しよう。つまり、なにも描かれていないんだよ。(p.994)

2007年12月03日

16GBのSDカード

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SDカードの上位版である、SDHCカードで16GBの容量のものが、パナソニックと東芝から出ていて、びっくりした。ちょっと前は、こんな小さいカードに1GBや2GBも入るというだけでスゴいと思ったけど、技術の進歩は本当に速い。
今使っているデジカメのFinePixは、SDHCカードの規格に対応しているので、早速試してみる。すると・・200万画素(1600×1200ピクセル)のサイズで、撮影可能枚数はなんと24710枚。もはや一生分、この一枚でこと足りるかもしれない。

2007年12月02日

右回りか左回りか

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http://www.news.com.au/heraldsun/story/0,21985,22556281-661,00.html
このページ内の、シルエットの人物は、右回り(時計回り)と左回り(反時計回り)のどちらに回っていると思うか、というテスト。


自分は、右回りに見えて、その後ずっと、どうやっても右回りにしか見えなかった。
ある時を境に、別の見え方にするコツがわかるようになって、左回りに見ることも出来るようになった。この、見え方が切り替わる時の感覚は不思議だ。
右回り→右脳優位、左回り→左脳優位を示していて、ほとんどの人は左回りに見えるらしい。

2007年12月01日

工場幻想曲

工場幻想曲
工場幻想曲

80分間にわたって、ひたすら工場の映像が流れ続ける、究極的にストイックなDVD。
そこには人も登場せず、ストーリーもなく、ただ工場の美しさを鑑賞するという目的があるのみ。そういう意味では「ディープブルー」と通じるものがあるかもしれないが、ディープブルーと異なるのは、これがツボにハマる人の人口が圧倒的に少ないということだろう。

工場の映像には、それに合わせてBGMのオン、オフを選べるようになっているのだけれど、おススメは、ただ現場の音声だけが流れる「BGM無し」バージョン。

この、工場のBGV化という企画は面白いし、素晴らしいのだけれど、惜しむらくは、あまりグッとくる風景がないことだ。撮り方も雑で、余計な動きが多くて素人っぽい。もっと、美しい夜景の映像がたくさんあると良かった。