» 2009 » 5月のブログ記事

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カードでつい買物をしすぎて、ローンの取立て屋に追いかけられるニューヨークの若い女性、の話し。何やらあれこれトラブルがありつつも、自分の意思と無関係にどんどんいいほうに転がっていくという、「プリティ・ウーマン」的なシンデレラストーリーは、不滅のパターンだと思った。
プラダとかイヴサンローランとか、たくさんのブランドとコラボレーションをして、半ばそういうブランドのショールーム的な映画になっていた。これを観た女の人は、「買い過ぎには気をつけなくちゃ」と思うよりむしろ、「買物がしたくなっちゃった」という気持ちになるんだろうか。
今となってはちょっと珍しい、バブリーな空気が流れていた映画だったけれど、単なる資本主義礼賛ではなくて、そこからの脱却とか反省が含まれてるところが新しい。フィンランド人と会話をするところとか、最初の就職面接の場面とか、かなり笑った。
2009年5月30日(土)より上映中
http://www.movies.co.jp/okachu/

浪芳庵

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来週6月2日から公演が始まる、時間堂の芝居の稽古を観に行く途中、地下鉄王子駅構内の4番出口付近で目にした和菓子屋。
 
「みたらしとろとろ」というのが非常に気になったけれど、葛の中に餡が入ってるのがやたらと美味そうだったので、そっちを買ってみる。
アイスかというぐらいに冷えている。葛は冷えていれば冷えているほどいいので、これで正しいのだと思う。想像通りのうまさだった。
しかし、「みたらしとろとろ」のほうがどんなだったのか、ということがちょっと心に残る。団子の中にみたらしのタレが入っているという、逆転の発想らしい。いや、、でも、結局、味はみたらし団子と一緒な気がする。そう思いたい。
時間堂の新作、「物の記憶」という、とても興味深い表現があった。本番が楽しみだ。


自由が丘南口のあちこちに日仏の国旗が掲げられるようになると、マリ・クレール祭りが近いという兆し。今年は、5/29(金)~31(日)の3日間で開催されるらしい。
この期間は、南口周辺に、すごい勢いでインターナショナルな出店が出る。
例年通りであれば無印良品の向かいあたりに、プロヴァンス風チキンソテー(+フライドポテト)の店が出ると思うのだけれど、それが素朴に旨くていい。
その他には、ストリートパフォーマンスがいろいろと。
http://www.jiyugaoka.or.jp/special/marieclaire2009/marieclaire.pdf

作家の栗本薫氏が亡くなった。
もう、「グイン・サーガ」の続きが出ることがないというのは、残念きわまりないことだけれど、最も無念だったのは、死の直前まで作品をひたすらに書き続けながら、ついに完結まで手が届かなかった、著者本人だろうと思う。
池田晶子氏の時にも同じことを感じたけれど、その作品をとても好きだった、まだ現役で執筆中の作家の訃報というのは、体の一部を失ったような悲しさを感じる。
信じられないほどのペースで膨大な量の作品を書き残した、栗本薫という人は、文章を書き続けずには一日たりとも生きることが出来ないような、本当の意味での生来の作家だったのだろう。そういう魂が、文章を綴るべき依り代としての体を失ってしまったということが、本当に惜しい。

宮本から君へ

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定本 宮本から君へ(全4巻)(新井英樹/太田出版)

とんでもないマンガが、埋もれていたものだと思った。
長らく絶版になっていたこの作品だけれど、最近、あらたに新装版として太田出版から全4巻で発刊された。
連載当時、高校生の頃だったと思うけれど時々は読んでいて、熱っくるしいし、読みにくいし、疲れるマンガだなあと思っていた。今、あらためて読んでみると、これはスゴい。
自分が思う「カッコいい」の基準が、当時と今とで変わっているからだろうと思う。というよりも、その頃は、人生の陰影なんてことをこれっぽっちも考えてなかったからかも知れない。
キャラクターの一人一人に、ものすごく存在感がある。現実にいそうというリアリティーとは違うのだけれど、きっちりとその人物の背後にある歴史を感じさせる厚みがある。
こんなにも、読んでいて先が気になるマンガは久しぶりだった。今回の新装版では、最終巻の最後に、「その後の宮本」を描いた短編も収録されている。これも、最高にいい。
【名言】
「ひ・・ひと月も
ひと月も!
たってないのに、いい加減でしょ!
薄情でしょ、私・・」
「でも・・好きだ
俺の・・ささえになってる」(1巻 p.179)
「会社やめる理由って・・何なんですか?
もしよかったら・・」
「宮本、俺はもう28だ!
背伸びなしで30が見えてる。
30は男が動かなくなる理由になる。
そういう事だ」(1巻 p.319)
「仕事ぐらいできなきゃ・・ダメなんです。
僕が女でも、今の僕には惚れませんから」(1巻p.555)
「宮本さんの手はねえ~~
優しくない。
壊されそう。
熱くて怖いよ」(2巻p.400)
「情けないことに、別れてすぐ人恋しさが募った
他人の思い出の中の自分の寿命を考えた
俺が・・死んだら」(3巻p.169)
「たいした相手じゃねえな。てめえの体に聞いてみろよ。もう次やる気でいんだろ
とどめ刺せねえ奴ぁ素人だっての。
相手にネバギブアップ言わせるようじゃ怖かねえよ」(3巻p.473)
「ええやないの勝手しとったら・・
人間生きとる事自体わがままなんやから。
せやけど、勝手しとって割り食う人間の顔色見るのは卑怯ちゃうか」(4巻p.274)
「俺とてめえの関係はよ
憎むか惚れるか二つに一つだ
おら、どっちだ八方美人さんよ」(4巻p.418)

魚啓

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御殿場の山中の、道路沿いにぽつんとある、魚料理専門の定食屋。平日の昼過ぎでも人がいっぱいいた。繁華街にあるわけではないので、観光客というよりは、地元の人に人気がある店っぽかった。
 
何を注文しても、北海道かと思うぐらいに山盛りで出てくる。中トロづけ丼を頼んだら、ごはんがまったく見えないぐらいに中トロばかりだった。づけにわさびがきいていて、かなり旨い。これで、丼のご飯が熱くなかったら最高だったのだけれど、ここの丼ものは熱いご飯で統一されているらしい。
中トロ丼は時価で、「今日は1500円です」ということだった。あさりの味噌汁もかなりの大きさだし、茶碗蒸しとお新香もついてくる。この店の目玉である海鮮丼というメニューなどは、数え切れないくらいたくさんの海の幸が入っていて、圧巻だった。相当なコストパフォーマンスの店だと思う。
0550-88-0081
静岡県御殿場市印野1648
営業時間11:00~21:00(火曜日定休)

つるけんに声をかけてもらい、下北沢の工房で土をこねてマイ茶碗を作る。
こういう、モノ作りは燃える。電動ろくろではなく、手動回転盤の上に土をのせて、回しながら少しずつ形を整えていく。工房の先生が3人で教えてくれて、とてもわかりやすかった。
 
「これは間違いなく世界で一つ」っていうぐらいオリジナルな茶碗を作ってみたかったけれど、今回は一回目なので、教わった通りにきっちり作ることにする。形が出来上がった後、乾かして、電子レンジでチンして、次は削りに入る。
普通だったら、一日で完成はさせずに、日を置いて乾かした後に削りをやるらしいのだけれど、それを今回は特急バージョンで3時間で作ってしまうという。このスピーディーさも好みだった。
 
なかなか満足がいく出来。裏側にサインも入れた。
回しながら、スポンジで表面を整えるほどに、なめらかになっていく。昔、高校の技術工作の授業で、ピカールを使って金属を磨きまくった、あの感覚に似ている。手間をかけるほどに良くなっていく、この陶芸というのは、ハマる人がいるのもよくわかる。

こめぐに

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赤坂Bizタワー内の地下にある、お茶漬けとおむすびの専門店。
米米CLUBにも、昔、こんな名前のアルバムがあったような。
おにぎりの専門店は割りとよく見るようになったけれど、それに比べると、まだお茶漬けの専門店は少ないのではないかと思う。
 
鮭といくらのお茶漬け。シンプルで旨かった。
お茶漬け専門店だけあって、米にもダシにも器にもこだわりがあるのがよくわかる。
東京都港区赤坂5-3-1 赤坂BizタワーB1
03-5561-0509
08:30~21:00(L.O.20:30)
不定休 (赤坂Bizタワーに準ずる)


忘れられた日本人(宮本常一/岩波書店)

著者が、日本各地の村を訪ねて、そこでの見聞をまとめた説話集のようなもの。こういうのを読むと、民俗学というのは面白いものだと思う。
今から百年ぐらいしか経っていない時代のだけれど、現代から考えてみると随分と違っているもので、その、開放性と閉鎖性を両方持った「村」という共同体の極端さと奇妙さは、驚くことばかりだった。
日本という国について、とても愛着が深まったし、面白い国だとも思った。
この本が書かれた時代よりも昔になってしまうと、「日本むかしばなし」のように、現実とは一線を画した別の世界の話しになってしまうし、それよりも後の、戦後の時代になれば日本中で一気に画一化が進んだのであろうから、この、明治の終わりぐらいの時期が一番「日本らしい」村の風景が残っていた時なんじゃないかという気がする。
特に面白いと思ったのは、「土佐源氏」という話しで、橋の下に小屋をかけて住む盲目の乞食に聞いた回顧録は、その人生がそのままとても素朴な物語になっていて、小説以上の味わい深さがあった。この話しなどは、一人の人間の中に人知られず眠っていた数々の体験が、宮本常一氏という聞き手を得て、見事な物語として引き出されたもので、その芸術的な手腕に惚れ惚れとする。
著者が伝え聞いた話しのまとめ方も、話し手の個性や愛嬌といった雰囲気までが表現されているようで、とても上手い。
こういう、そのままにしておけば、一人の記憶の中に閉じ込められたまま消えてなくなってしまうはずだった話しが、このようにして後世にも読める形で残されているというのは、ものすごく貴重なことだと思う。
【名言】
こういう世話役は人の行為を単に善悪のみでみるのではなく、人間性の上にたち、人間と人間との関係を大切に見ていく者でなければならない。そしてそういう役割はすでに家督を子供にゆずって第一線から退き、隠居の身になって、世間的な責任をおわされることのなくなった老人にして初めて可能なことであった。(p.42)
しかし、わしはあんたのような物好きにあうのははじめてじゃ、八十にもなってのう、八十じじいの話をききたいというてやって来る人にあうとは思わだった。しかしのう、わしは八十年何にもしておらん。人をだますことと、おなごをかまう事ですぎてしまうた。(p.133)
秋のいそがしい時でのう、小松の間から見える谷の田の方では、みな稲刈りにいそがしそうにしておる。そういうときにわしはよその嫁さんをぬすもうとしておる。何ともいえん気持ちじゃった。このままにげて帰ろうかとも思ったが、やっぱりまたれてのう。
もう小半ときも待ったろうか。夕方じゃった。夕日が小松を通してさしておったが、下の方から嫁さんがあがって来る。絣の着物を着ていて、前掛けで手をふきふき、ゆっくりと上がって来なさるのよ。わしは上からじっと見ておった。なんぼか決心の要ったことじゃろう。わしはほんとにすまん事をする、と思うたが・・。(p.148)
はァ、おもしろいこともかなしいこともえっとありましたわい。しかし能も何もない人間じゃけに、おもしろいということも漁のおもしろみぐらいのもの、かなしみというても、家内に不幸のあったとき位で、まァばァさんと五十年も一緒にくらせたのは何よりのしあわせでごいした。
だいぶはなしましたのう。一ぷくしましょうかい。(p.192)
公職を退いてからは全く晴耕雨読の生活に入り、いつも懐に手帳を入れていて、田を耕しているときも、気がつく事があると田を打つ手をやめて畔に出て腰をおろし、これを書きとめた。
「鉛筆をなめましてな、あれはああだった、これはこうだったと、考えながら、土を見、空を見あげて書いておりますと、空にぽっかり白い雲なんどが浮かんでおりまして、今度は一句つくりたくなる」というような日々をおくった。(p.274)

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水晶堂について