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1261日 戸隠

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今年の夏休みは、暑さから逃れようと知床に行こうと考えていたけれども、飛行機の空きが無く、北海道行きは断念した。
代わりに涼しい場所に行きたいということで、長野や群馬あたりの高原を探していたところ、「戸隠高原」が目についた。
ここなら、避暑になる上に、戸隠神社にお参りも出来る。
戸隠の宿坊に電話をしてみたところ、この時期はどの日も満室。
しかし、ちょうどキャンセルが出た日があるというので、即、行くことに決定。
新幹線で東京駅から長野駅へ移動した。
 
まずは長野駅近くの善光寺にお参り。
ここは、門前町の賑わいといい、親しみやすさといい、浅草っぽい感じがする。
 
そこからバスで山を登ること1時間。
戸隠五社のうち、一番麓のほうにある宝光社を最初に参拝した。
鳥居をくぐり、長い長い石段を登り切った頂上に、宝光社はある。
 
登ってきた階段の方向を振り返ると、一本の長い道がまっすぐと伸びていて、その先に戸隠連峰の山の連なりが見える。
宝光社の裏から入る「神道(かんみち)」と呼ばれる山道の中を歩いて、二番目の火之御子社に到着。
 
ここに祀られているアメノウズメは、賑やかな踊りや歌が好きな芸事の神様で、ラテン系のノリを感じる。その割りに、五社の中で一番地味だけれども。
 
そして、中社へ。ここは社殿の立派さも随一で、樹齢800年の杉と、社殿の裏手に流れている滝の組み合わせが素晴らしかった。
 
滝の周りに冷気がただよっていて、蒸し暑い中でも、この近くの空間だけはクーラーの近くにいるように涼しい。
 
中社までは、大きな道路に面していて、車でも直接来れるけれども、奥社の入口の鳥居から先は、ひたすら山の中の参道を歩いて行くことになる。
雨が降っていたこともあって、登山道のような道はとても歩きにくかったけれども、その代わりに、途中の杉並木などは、より落ち着いた雰囲気で、とても神秘的な場所になっていた。
 
ゴツゴツした岩の山道を2kmほど登った上にあるのが九頭龍社と奥社。とても狭い中に急な階段と社殿がひしめきあっていて、上から見た景色はちょっとマチュピチュっぽい感じだった。
車でサッと来れない場所にあるっていうのがいい。
 
今回泊まった、その名も「極意」という宿坊は、かなり古い建物だったけれども、中はキレイに改装されていて、とても居心地がいい宿だった。
料理も、地元の食材と戸隠蕎麦を中心に、とても凝ったものをたくさんふるまっていただいた。
朝は、宿坊の中にある神棚の前で、神主さんが朝のお勤めをする。
作法は神社風なのに、途中、般若心経を唱えていて何なのかと思った。後で聞いたところでは、戸隠神社は、もともと密教と神道が習合していた寺であったところが、明治の神仏分離令で寺を分離して出来たのだという。
昔は、鳥居と並んで、仁王門もあったようで、そういう時代の戸隠という場所は今より面白かったに違いない。
 
戸隠山の中には、神社以外にも、鏡池という池など色々見てみたいところがあったのだけれど、互いの場所が遠すぎて、歩いて全部回れる距離ではなかったので、今回は五社の参拝以外はあきらめた。今度は、車で来てじっくりと巡ってみたい。
このあたりは積雪量もハンパないらしく、冬の時期に来て滞在するのもまた風情があるだろうと思う。

ドバイで飛行機を乗り継いでカサブランカに入り、電車で移動してメクネスに寄った後、フェズに到着。
 
8世紀来の古都メクネスとフェズは、日本でいえば奈良と京都にあたり、フェズのメディナ(旧市街)の広大さと、路地の複雑さは想像を絶するものがある。
 
中東の民主化運動は、一部、モロッコにも飛び火しているけれど、今のところ情勢は安定していて大きな動きはない様子。
 
この後、タンジェで船に乗ってジブラルタル海峡を渡り、アルヘシラスからスペインに入る予定。

今回のドイツ行きの航空券を手配する時、お盆時期を含めてのフランクフルト往復は、当然のように、どこの航空会社も満席だったり、やたらと値段が高かったりで、ほぼ諦めかけていた。
そんな中、唯一空席が残っていて、しかもめちゃくちゃ安かった「エティハド航空」。
 
何その聞いたことない航空会社は、と思ったら、今年3月に成田に就航したばかりの、新参の航空会社であるらしい。
あやしんで敬遠されるために、このエティハド航空だけは空席が余っているのかもしれないけれど、この唯一残されたフランクフルト行きの手段は、まさに天の救い。
 
そして、その実体は、アラブ首長国連邦の国営航空。
オイルマネーで潤った国財をつぎ込んだ新造の飛行機だけあって、キレイで豪華。機内で出てきた和食は、機内食とは思えない旨さだった。
途中、アブダビでの飛行機の乗り継ぎ時間が6時間くらいあって、普通ならうんざりするところだけれど、それだけあればアブダビ市街に行って帰ってこられるので、むしろナイス。
 
アブダビ最大の見どころである、世界で3番目に大きいモスク「シェイク・ザイード・ビン・スルタン・アル・ナヒヤーン・モスク」は、アブダビ市街よりも空港からのほうが近くて、タクシーですぐに行けるので、2時間くらいの自由時間があれば、行って帰ってくることが出来る。
 
飛行時間がやたら長かったので、往復の機内で映画を6本観れた。
字幕はアラビア語だけれど、吹替音声で日本語が選べる映画がたくさんある。
中東とヨーロッパ方面の主要都市に乗り継ぎが出来るので、急ぎの旅でなければ、かなりオススメの航空会社。


 
ローテンブルクは、周りを城壁に囲まれた小さな町だ。
町で一番高い、市庁舎の塔の上に登ると、Rothenburg(赤い城)という名のとおり、城壁の内側が、赤い屋根の家で埋めつくされている様子がわかる。13世紀に帝国自由都市として繁栄したローテンブルクは、中世の雰囲気がかなり色濃く残っている。
 
この町の名物でシュネーバルというお菓子があって、これが旨かった。小麦粉生地をぐるぐると丸めて油で揚げた上に、粉砂糖やチョコレートをかけてある。ドーナツよりもずっとサクサクしていて、いかにも「お菓子!」という感じで、とても好み。
 
聖ヤコブ教会のすぐ向いにあったアンティークショップで、一枚の古ハガキを見つけた。消印の日付は読めなかったけれども、だいぶ古い年代にプラハから投函されたものであるらしい。雰囲気と字体の面白さに惹かれて、買ってしまった。
プラハからローテンブルク宛に出されたそのハガキが、何の縁でか日本に来ることになるとは、差出人は想像もしなかっただろう。その、ハガキの運命の数奇さを楽しむために、連れて帰ってきたような気がする。
 

灼熱地獄のアブダビから、乾いた涼しさのドイツに移動しました。
横綱級のどっしりした重量感と、黒を基調にした渋みのある安定感。
巨大建造物好きにはたまらないシリーズ其の2、ケルン大聖堂(通称MS-09)。

21時を過ぎてもまだ空が明るいので、一日がやたら長く感じます。

アラブ首長国連邦のアブダビに来ています。
巨大建造物好きにはたまらない「シェイク・ザイード・ビン・スルタン・アル・ナヒヤーン・モスク」。

中央に豆のように小さく写っている人間と比べると、その大きさの程が伝わると思います。
 
 

全体的にツッコミどころが少ない韓国ではあるものの、
日本語の表記は、ところどころ微妙なおかしさが見うけられる。

「処理中だから少々お待ちください」

「ピンからキリまであります」
メガネ屋の入口には、判で押したように、どこも必ず「チョーやすい」が書いてある。
とはいえ、街中にあまり派手な間違いはなく、おおむね素晴らしい正確さ。

 
ソウル市内の移動はもっぱらタクシーだった。
すぐにつかまるし、4人で割り勘だと地下鉄より安いので、やたら使い勝手がいい。

尚志、セリ、拓、と4人で韓国に来ています。
深夜にソウル市内に到着し、明洞の路地裏でサムギョプサル(豚の三枚肉)を食べる。
チムジルバンという、サウナというか日本でいう健康ランドみたいなところに宿泊。
 

 
ブラジル側の滝がある国立公園から、いったん市街地であるフォス・ド・イグアスの街まで引き返して、一泊した後、早朝から国境を越えてアルゼンチンの街、プエルト・イグアスに出かける。
 
アルゼンチン側の国立公園では、公園の入口から滝の近くまで鉄道で移動した後、川の上に張りめぐらされた長い遊歩道を歩き、その終点で、ドでかい滝の真上に到着するようになっている。
 
「悪魔ののどぶえ」と呼ばれる大瀑布で、その名の通り、悪魔ののどのように、三方向からの膨大な川の流れを一息に呑み込み、圧倒されるような轟音とスケールだった。その量、毎秒65,000トンという。
 
ブラジル側とはまったく魅せ方が違って、滝の向かいから眺める形ではなく、滝のすぐ真上に展望台を設置してしまうというレイアウトも素晴らしい。
 
 
アルゼンチン側の公園で多く見かけたのは蝶。空に、土星の輪のような帯が出来上がっていたので、何かと思ってよく見たら、蝶の大群だった。
 
帰りは、照りつける日射しの中、歩道を通って戻る。どちらの方向を見ても、くっきりとしたコントラストの景色が飛び込んでくる。
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水晶堂について