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「O」や「Mystere」がシルク・ド・ソレイユの表の姿だとしたら、この「Zumanity」は完全に裏の顔だと言える。
そのぐらい、他の舞台とは違った異色な内容になっている。
あまり内容に期待をしていなかったので、最初、観る予定はなかったのだけれど、丁度いい場所でぴったりと時間が空いたので、観る流れになった。これは本当に、観て良かったと思う、感動的なステージだった。
真剣にアートを追求しようと思えば、その表現は、いわゆる社会的な良識とは相容れないこともある。
その意味では、誰にでも開かれているステージというのは、その、公序良俗から逸脱出来ない、表現の中にかなりの枷をはめられた状態なのだろうと思う。
「Zumanity」は、シャレがわかる大人の街ラスベガスの中で、21歳未満入場禁止というリミット付きで上演されている。
そういう環境下で、思いっきり、「人生を楽しむっていうのはこういうことでしょう?」と問いかけている舞台だ。
光輝くきらびやかな部分だけでなく、こういう、アンダーグラウンドな面もラインナップとして抱えているという所に、シルク・ド・ソレイユの懐の深さを感じた。
場所:ニューヨーク・ニューヨークホテル
時間:19:30、22:30
休演日:月、木
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かなり笑った。
開演前から始まる、道化と観客とのやりとりが、パフォーマンス中にも何度も登場して、それがオマケ的な寸劇ではなく、よく練られた内容で、とても面白かった。
しかも、ほとんど言葉を使わずに、動作だけですべてを演じているのだから、ものすごい表現力だと思う。
この「Mystere」は、技の高度さよりも、動きと見栄えの美しさに、より重点が置かれている舞台と思った。サーカス的な内容よりも、ダンスやバレエに近いものが多い。
だからといって、技が難しくないというわけではなく、静かでシンプルであるから簡単に見えるだけで、実際は、かなりスゴい動きの連続なのだと思う。
舞台装置もシンプルなもので、オリンピックの体操にあるような、馴染みのある種目も結構ある。特に好きだったのはトランポリン。
一人、真紅のコスチュームに身を包んだ、隊長機のようなパフォーマーがいて、その人がやたらとカッコよかった。
ただ身体のみを駆使して表現する、ちょっと不思議な雰囲気で統一された世界観は、やはり他に類をみない美しさとクオリティーの高さだと思う。

場所:TI(トレジャーアイランド)ホテル
時間:19:00、21:30
休演日:木、金
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圧倒的な完成度のステージだった。
オープニングと同時に赤い幕が一斉に開いた瞬間から、シンと静まった水を湛えたプールが目の前に広がって、まったくの別世界がそこに出来上がったことを実感させられる。
「O(オー)」いうのはフランス語のeauからきていて、「水」を使ったパフォーマンスがメインのステージになっている。
水をとても上手く使っていて、単に視覚的な効果として水を利用するだけでなく、プールがなければ不可能なパフォーマンスというのがいくつもあって、今までに見たことがないような不思議な動きがたくさん出てきた。
ビジュアルといい、音楽といい、一つの統一された世界観の元にすべてが作り上げられていて、その徹底ぶりは本当に素晴らしいと思う。
まず、衣装がとても美しかった。シンクロナイズドスイミングのような華美な水着だけでなくて、バレリーナのような服装や、幾何学的な縞模様の水着など、様々な格好が登場する。水着以外では、バロック風の金髪に、黒いガーターと赤いコートの服装など特に良かった。
観客が突然ステージに参加したり、メリーゴーランドの馬やワニの頭が登場したり、10分に一回くらいは必ず、想像もつなかったような展開があらわれるという意外性もものすごく好みだ。途中、幕間的に挟まれる寸劇の部分以外は、驚きの連続の展開で、一瞬も飽きさせることがない。
プールは、形を固定したものなのかと思っていたけれど、演目にあわせて、間断なく姿と深さを変化させ続ける。
舞台の全面に、20mくらいの高さから飛び込みが出来るくらいの深さを持つプールを設けるなどというのは、専用の劇場ならではの芸当で、仕掛けのスケールの巨大さを感じるステージだった。

場所:ホテルBellagio
時間:19:30、22:30
休演日:月、火
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とても演劇的な舞台だと思った。
言葉はまったく発せられることがないのだけれど、見ているだけでどういう場面かが想像出来るようになっていて、ストーリーがわかりやすい。
道化役も不在で、しかも明確な物語があるというのは、シルク・ドゥ・ソレイユの舞台では珍しいパターンだと思う。
オリエンタルな雰囲気のある衣装や動きが基本になっていて、集団での戦いや、決闘のアクションが多く、すべてのシーンが活気にあふれている。
音楽もハードだし、間近で花火が爆発したり、巨大な装置が登場したり、とにかく派手だった。
「KA」の一番の特徴は、ステージそのものが立体的に、自由な方向に動き回ることで、水平だった舞台が垂直になったり、かなり大掛かりな転換の仕方をする。
たった一枚の板が、ある時には断崖絶壁になり、ある時には沼地や砂漠になるというダイナミックな変化が、見ていてものすごく面白かった。
ストーリーのわかりやすさの点でも、演出の壮大さの点でも、誰もが楽しめる、王道のエンターテイメントと呼ぶにふさわしい舞台だと思う。

場所:MGMホテル
時間:19:00、21:30
休演日:日、月
ラスベガスの著名なショーは、たいがい、ホテルの中にステージが常設されていて、ショーとホテルがセットになったような形で、常に同じ場所で公演がおこなわれている。

上演しているショーの格がホテルの格を決めているようなところがあり、ホテルにショーが付属しているというよりも、ショーにホテルが付属しているような感じがする。
ラスベガスにいた2日間、シルク・ドゥ・ソレイユのステージばかりを4つ観た。
「KA」:MGMホテル
「O」:Bellagioホテル
「Mystere」:トレジャーアイランドホテル
「Zumanity」:ニューヨーク・ニューヨークホテル
だいたい夜の19時頃からと21時半頃から、2回続けて上演される。上演時間は途中休憩無しで90分くらい。
それぞれの開始時間や場所をみながら組み合わせを考えて、スムーズに移動すれば、1日に2つの公演を観ることが出来る。
すべての公演が、ホームページ上から事前に予約出来るというのは便利だ。
事前購入では、どの公演も数日前で席が空いていたけれど、「O」の当日券は売り切れになっていた。

ブラジルに行ったのは、90%までが、シルク・ドゥ・ソレイユの「QUIDAM」の公演を観たいという動機からだった。
シルク・ドゥ・ソレイユの演目には、常設の会場を持った固定型のものと、世界中を巡業してまわる移動型のものがあり、「QUIDAM」は世界各国をまわるタイプの演目になっている。
公演の内容や舞台装置や流れそのものは、これまでのものと変わらず、圧倒的なクオリティーの高さもそのまま保たれているのだけれど、違うのはやはり観客だった。
ものすごくノリがよく、難しい技を決めた時には、サッカー場のような口笛や歓声が飛び交って、最後には全員がスタンディングオベーションになった。

今回、一番の難関だったのはチケットの予約で、ホームページは全部ポルトガル語。翻訳サイトに単語をコピペして、ちまちまと文章を訳しながら、手探りで入力を進めていき、なんとか決済画面までは行ったものの、入力エラーで受け付けられなかった。

必須項目の中に「RG」という項目があって、ここに有効な数字が入力されないと、申込が受け付けられない。
RGというのは、ブラジル国民全員が持っているID番号で、この国にいると、何をするにもIDカードと番号の提示を求められる。結局、ネットからはブラジル人でないと購入出来ないようになっているらしい。
仕方なく、直接現地に行って、当日券を買うことにしたものの、完売で当日券は販売されていない。
チケット担当の方を呼んでもらい、どんな端の席でもいいということ、いかに「QUIDAM」が素晴らしいかということ、この公演を観るために日本から来たということ、を説くと、予備の席に少し空きがあるということで、その席を販売してもらうことが出来た。
担当の方が理解のある相手で、本当に助かった思いだった。

【過去のQUIDAM】
QUIDAM(ニューキャッスル)
青山ブックセンター本店で隔月開催される、中沢新一氏の講座。
中沢氏の話しを直接聴くのは初めてで、とても面白い話しばかりだった。
初回のゲストは建築家の伊東豊雄氏。
【特に面白かったトピックのメモ】
1)東京という街が持つ無意識
→建物が街を決めているのではなく、土地そのものの記憶が建物を選んでいる。
2)自然は「渦」の形をとる
→自然の場合は数学と違って、A⇒BであってもB⇒Aにはならない。それが量子学でいう非可換ということで、自然は一般的にB⇒A’へと螺旋状に進む形をとる。
3)アートと建築の違い
→建築には施主が必ず存在するが、アートは施主の存在から自由。
4)台中に建築中の、骨のような構造を持つオペラハウス
→石灰質の洞窟のような不思議な形の建物だった。
5)「抽象」には一段階目と二段階目がある
→抽象化の能力が、反自然の存在として誕生した現生人類の最大の特徴。ル・コルビュジエ氏の建築は二段階目に進んでいるから楽しい。
6)世の中は弁証法的に動く
→人間の世界の中の事は、世界の外の事によって決定される。
水晶堂:「アースダイバー」
http://www.aoyamabc.co.jp/20/20_200906/2009_art_diver.html
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伝説と呼ばれる舞台が久しぶりに上演されるということで、とても楽しみに赤坂ACTシアターまで観に行った。20年前の、当時の雰囲気をそのまま残して再演をしているとのことで、衣装やファッションも、かなり昔懐かしい感じだった。
舞台の空気そのものも、コントラストがとてもくっきりしていて、楽しいところはとことん楽しいし、悲しい場面はとことん悲しい。そして、その振れ幅も広く、ストレートに表現されている。
初演が本多劇場だったということもあるだろうけれど、小劇場のステージから感じるのに似た臨場感が、そのまま残っていると思った。小劇場とはまったく違うのは舞台セットで、その作り込み方が半端じゃない。特に、巨大迷路を縦横に組み換えることによって表現される異世界のような空間と、宇宙船のセットのクオリティーは素晴らしかった。
途中、ブラックライトで宇宙船内が照らされる場面があって、何で客席の自分のところにスポットが当たってるんだろうと思ったら、その時着ていた白いシャツがブラックライトで思いっきり発光してるせいだとわかって、笑った。
切なさというのは、刹那の瞬間と、長い時の流れ、という相反する要素の両方が含まれている時に強く感じる感情と思うのだけれど、このミュージカルは、それが絶妙なバランスで組み合わされた作品だと思った。
頭ではなく感覚にそのまま伝わってくる物語で、全体から大きなエネルギーを受け取ることが出来た舞台だった。
【音楽座ミュージカルホームページ】
http://www.ongakuza-musical.com/about/stage/shabon/shabon.php
東京公演 2009年6月6日(土)~14日(日)
大阪公演 2009年6月19日(金)~21日(日)
神奈川公演 2009年6月27日(土)~28日(日)
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過去に観た舞台芸術の中で、シルク・ドゥ・ソレイユの「キダム」は、ダントツで最も感動したアトラクションだった。パフォーマンスの技術度の高さはもちろん、その世界観や音楽や、細部まで作りこまれた演出も含めて、これほどにどうしようもなく魅了される舞台はなかった。
日本での公演がおこなわれたのは5年前になるけれど、それ以降、日本には来ていないし、今のところ来る予定もない。シルク・ドゥ・ソレイユでは、それぞれの演目ごとにチームが組まれていて、そのチーム単位で世界中の国を巡業しているらしく、今はイギリスで上演をしている。

今回、ニューキャッスルの「Metro radio Arena」で観た「キダム」も、最高だった。前に観た時の感動をさらに上回って、より洗練された内容になっていた。
中でもよかったのは、最初の演目である「ジャーマンホイール」、2つ目の「ディアボロ」、最後の演目「バンキン」。
特に、中国ゴマを使ったパフォーマンスである「ディアボロ」は、鳥肌がたつほどに本当に美しい。純粋にこれを観るためだけにイギリスに来ていたとしても、まったく後悔はないだろうと思った。
おこなわれる演目と、その順番は日本での公演時と変わりなかったのだけれど、インターミッションとしておこなわれる寸劇の内容がまったく変わっていた。観客参加型のコントになっていて、その場でアドリブ的に寸劇を作り上げる構成になっている。これは、観客の温度を考えて、国ごとにやり方を変えているのかもしれない。
ニューキャッスルでは、観客のノリがとても良く、素晴らしいパフォーマンスを魅せるたびに大きな拍手と喝采と口笛が劇場内に響き渡って、それもまた楽しかった。
今回、再認識したシルク・ドゥ・ソレイユの舞台のスゴさは、そこに言葉がまったく介在しないために、万国共通で誰がみても同じように楽しむことが出来るというところだった。言葉をまったく使わずに、これほどまでに人を動かすものを作りあげるというのは素晴らしいことだと思った。
MITの石井裕教授の講演を聴く。
話し方がとてもカッコよかった。
50分という短い講演だったけれど、かなり興味深く、密度の濃い話しだった。
タンジブルビットという、「アナログの感覚」と「デジタルの情報」の融合がテーマ。
講演は、宮沢賢治の手書き原稿のスライドから始まった。
妹の死を嘆いた「永訣の朝」の肉筆原稿には、無数の走り書きや、書き直しの痕が残されていて、どこまでが本文であるかの判別も難しいぐらいだけれど、そこには文字としての情報を遥かに超えた意味が含まれている。
しかし、人々が読む、宮沢賢治の詩は、明朝体の活字にコード化して整形されて、元の原稿にあった痕跡はすっかり失われてしまっている。
情報が変換される過程で、どれほど多くの意味が滑り落ちてしまったかが、とてもよくわかる。
特に印象深かったのは、「今までに電子黒板などで『紙』に挑戦をしてきたけれど、ずっと負け続けている」という言葉だった。
4000年前に中国で生まれた紙は、今なお、そこでしか表現出来ないものがあって、たとえば、書道での墨の微妙なニュアンスを表わすのに、紙以上の媒体はまだ存在していない。
数々のユーザーインターフェースを手がけてきた、石井教授の口から出た言葉だからこそ、これはとても重みがあった。
■印象に残った言葉メモ
・美しいものはフラジャイルである。
・普通の絵画ではインクはインクでしかない。そのインクに情報というZ軸を持たせることで、絵の中に歴史が入り込む。
・卓球のラケットは、柔らかい木で出来ているために、使うほどに体に馴染んできて、ついには体の一部といえるまでに一体化していく。
・人間のアテンションがいかに貴重なリソースであるかということ。
・「g-speak」(映画「マイノリティ・リポート」の中に登場したような近未来インターフェース)はマッシブな情報を扱うのに適している。
