百鬼夜行抄


百鬼夜行抄 (2009年7月現在10巻まで)(今市子/朝日新聞出版)

これほどクオリティーの高い作品が、世間的な知名度としてはあまり高くないのが不思議でしょうがない。この作者は本当に絵が上手くて、心地よいキレイな絵を描くので、読んでいてとても楽しい気分になる。しかも、一つ一つの話しが見事にまとまっているし、その、日本の伝統的な民俗学や陰陽学という観点からも、専門的にかなりきちんと構成が考えられている作品なんじゃないかという気がする。
ミステリー仕立てになっている内容が多くて、一つの話しの中に情報がたくさん詰まっているので、一回読んだだけではよくわからない話しもある。繰り返し読むと、その構成や伏線の張り方の見事さにあらためて感心する。それだけでなく、巻を進めた後にまた最初の方の話しを読み直してみても、始めの頃の段階から、矛盾なく世界観が構築されているし、絵柄もほとんどブレがない。
いい余韻を残す話しが多くて、そして、何かとてもタメになる話しを聞いたような気分になる。物語の面白さというもののツボを押さえた、芸術的な完成度の作品だと思う。
まだ連載中にもかかわらず、単行本と文庫版の両方が併行して発刊されていて、その点が、なんだかややこしい。今のところ、文庫版は10巻までの刊行で止まったままになっているので、早く続きが読みたい場合は、単行本のほうが一足先の部分を読めると思う。
【名言】
「・・なあ式根さん、あんたにもいつかわかるだろう。長く生きるなんて、本当はそんなにいい事じゃないんだ。今、私はあんたに感謝したいくらいだよ・・」(4巻p.326)
「五十嵐の家には決まり事があって毎年四月の桜の頃になると身を謹んで、三日のあいだしっかりと家を締め切り、親戚の家にでもいってたもんだったです。
あんたがたもそうなさい。私はここへ嫁にきて八十年近くなりますが、その間ずーっと五十嵐の人達は毎年その決まりを守ってきましたよ。
親も子も孫も・・無駄な事に思えても、昔の人のする事には間違いはないものです。」(5巻p.130)
「昔は人と妖怪は約束ごとで守られていたものだったよ。だが、人間はずるい。簡単にそれを破る・・」
「・・妖怪だってずるい。時には約束を破る」
「そう・・その通りだ。私達は別々の世界の生き物。仲良くする必要などない。それでいいんだよ。
時には菓子を持って互いを訪ねる。ほんのいっとき茶飲み話しをして別れる・・それが一番さ。」(5巻p.220)
「・・僕らは探偵ではないので、真実の究明などは警察にまかせておけばいい事だと思う。
せいぜい自分が家族と思い定めたもの達を守る事ができれば充分なのではないだろうか」(6巻p.306)
「あの時、奴らが何を言っても耳を貸さないようにと言ったでしょ。欲を出して決まり事を破ったら必ず報いを受けるんですよ。何かを得たら・・必ず同じだけの代償を支払わなくてはいけないんです。」(7巻p.174)
「そんな・・だってまだ会ったばっかりだよ。まだ話したいことが・・」
「無駄です。どうせどんなに話したところで絶対に話し足りるということはないんだから。思い切りなさい」(7巻p.237)
「あなたにさしあげられるのは秘密の共有だけ。幸福までは無理かもしれません」
「結構です。それが一番ほしかった。私、こんなにほっとしたのは初めてです」(9巻p.199)
「僕は因果応報ってないと思ってるんだ。何か偶然が重なると人は理由づけしたがるけどさ。でも、縁とか運みたいなものはあると思うけど。だから多少性格に難点があったからって幸せになる権利はあると思うし、人の悪い面を引き出す出会いがあれば、いい面を引き出す出会いもある、と」(9巻p.264)
「わしは老いて憎しみに飽いたのです。もう終わりにしたい。死ぬ前にこの手で術を終わらせねばならない。
しかし奴と日野原は転生をくり返すうち記憶もうすれ気配も遠くなり、出会っても互いに気づかずに過ぎる事もあり、出会わぬうちに生を終えることもあり、気づいても片方は赤子であったり老人であったり、あるいは死に瀕した病人と医師として出会ったり、親と子として出会ったり。(9巻p.330)
「寂しいからって運命と偶然を取り違えないでね。僕はただの通りすがりですから。こういう力を持った人間は皆一人なんですから。」(10巻p.44)