セリフによってではなく、毎日の日常のルーティーンと表情を見せることで、一人の人物の過去の歴史を想像させるのはすごい。
言葉によっては表現ができず、映画だからこそ伝えられるものがある。
平山は、以前にはおそらく、社会の中ではそれなりの地位にあって、資本も教養も備えていたのだろう。
唯一直接的に過去と結びついたシーンは、彼の姉が登場した場面。
運転手付きの高級車で送られるというのは、並大抵の暮らしではない。
それと、昔にあったらしい、父親との確執。
なにか、何もかもがイヤになるような出来事があって、すべてを放り出して出奔したんだろうか。
もしかしたら、家族や子供もいたのかもしれない。
そう思うのは、姪のニコに対して、なにか大きなものを投影しているような気がするから。
作中で平山が涙を流すのは、唯一、その記憶に関連したものを思い出したときだけのように思える。
あれほどの静かな生活を望んでいるというのは、大きな喪失があって、そのときに一度自分自身も死んだような心持ちになっているのではないかという想像をさせられる。
毎日同じルーティーンを繰り返す几帳面さや、掃除の徹底ぶりは、もしかすると長い刑務所暮らしによって身についたんだろうか。
昔はタバコも嗜好品も大好きだったのを、自分の意思で長らく封印していたのだろうとも推測する。
過去とは違って、今の生活の彩りは、音楽と文学なんだろうな。それだけで十分すぎるぐらいに、豊かなものをそこから受け取っている。
監督がヴィム・ヴェンダースだったというのが、やはり良かったのだと思う。
すごく日本のことをよくわかっているけれども、やはりほんのちょっとだけズレた日本観。この映画が醸し出す雰囲気は、ネイティブの日本人にはかえって撮れないと思う。
「二つの影が重なると濃くなるのか」というのは、面白い問いだった。
その答えを知りたいと思って実際に試してみても、やはりはっきりとはわからないぐらいの、あるかないかの微妙な差異。
その問いは、平山にとってなにか重要なポイントに触れる内容だったんだろうな。
役所広司の演技が、本当にすごい。
この映画の「10のうち9」ぐらいは、役所広司の存在によって成立している。
たとえ低予算でも、素晴らしい役者が一人いれば最高の映画が作れるという手本だと思う。