イン・ディス・ワールド

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パキスタンのペシャワールにあるアフガン難民キャンプから、ロンドンへの亡命の旅を、ドキュメンタリー形式で記録した映画。
構成がとても素晴らしかった。余計な解説や翻訳を入れずに、主人公の視点から世界を観るようになっている。要するに、ほとんどの場面では、主人公が見たものしか映画の中では見えないし、主人公が理解出来ない言葉は理解出来ないようになっているという、この臨場感がかなり新しい。
パキスタン、イラン、トルコ、などの国の、現地の暮らしが映し出されているところも良かったし、それがしかも、初めてそれらの国を見た視点から捉えられているのも面白い。難民キャンプに生まれ育って、それ以外の世界をまったく知らない少年ジャマールが、まったく何もわからないままに世界に向けて旅立つという緊張が、とてもよく伝わってくる。
画としては、「電波少年」のヒッチハイクの旅と似ている感じだけれども、そもそもの危険度が全然違う。こちらは、偽造パスポートによる闇から闇への不法入国の移動だから、見つかれば即、強制退去か逮捕の対象になるし、まともな交通手段を使っていないので、命そのものもかなり危険にさらされることになる。
撮影自体、ある程度の人数のクルーが必要だろうし、よくこういう、様々な許可書類が必要であろう場所で映画作りが出来たものだと思う。
すごく良いと思ったのは、音楽や特殊効果を使うことで意図的に盛り上げようとする演出がまったくないことだった。むしろ、そういうものを極力シンプルに抑えて、なるべくその場のリアルな空気を伝えるような作り方をしているということに、相当のこだわりが感じられた。淡々と、地名や日付だけを表示するテロップも良かった。
この映画は、かなり現実とリンクしているところがあり、主役を演じる2人は本当に難民キャンプで生まれて、そこから外に出たことがないし、エナヤットは本当に英語がわからない。途中で出演する、旅行業者や検問所の軍人や主人公の弟なども、現実世界での役割をそのまま映画の中で演じているらしい。
亡命を禁じている立場の国の文化というのは、普段接することが多い分イメージがつきやすいけれど、その逆の、亡命を希望する立場の視点というのは、よくわからないことが多い。それを理解するのに、これ以上に優れた映像作品というのはないんじゃないかと思う。


 
【名場面】
・パキスタンからイランに入った後、言葉や服装の違いに苦労するシーン。パキスタンとイランでは言葉が違うというのは知らなかった。
・イランの国境で、バスの中に検閲が入るシーン
・ジャマールがロンドンから、パキスタンにいるエナヤットの父親に電話をするシーン
・イタリアで、ジャマールが物売りをして店を追い出された後、観光客のカバンを盗むシーン