かもめのジョナサン(リチャード・バック/新潮社)
「重要なことは、食べることではなくて、飛ぶことだ」という、ジョナサンの信念はそのまま、「食べること」「生きること」のどちらがより重要なのか、というテーマにつながっている。
群れの習慣から離れて、日々のルーチンからも離れて、精神性を追求するジョナサンには、始めの頃こそ迷いがあったけれども、そのうちに完全に自我を超越して、ついには皆を導く象徴のような存在になってしまう。
心の中の葛藤を描くところにさほどの重点を置いていないこの作品は、その意味で、文学ではなく啓蒙書なのだと思う。
この本は、70年代に大きな波紋を呼んで、話題になったと聞くけれど、それは、その時代性も、理由として多分にあるのだろうと思う。
精神性を至上の価値とするこの本のテーマは、当時はぴったりとハマったのかもしれないが、どことなく今、自分が読んだ感じでは、使い古されて、聞き飽きたテーマのように思えてしまう。
ただ、この本が、ある時代には大きな影響力を持つだろう感じはわかるし、どの時代であったとしても、一定数の人には凄まじいまでの大きな啓示を与えるだろう。読む人によって非常に受けとめ方が変わる、試験紙のような面白さを持った本だと思った。
【名言】
もしお前がなにがなんでも研究せにゃならんというんなら、それは食い物のことや、それを手に入れるやり方だ。もちろん、お前のその、飛行術とかいうやつも大いに結構だとも。しかしだな、わかっとるだろうが、空中滑走は腹の足しにはならん。そうだろ、え?わたしらが飛ぶのは、食うためだ。ひとつ、そこんところを忘れんようにな。(p.11)
彼はごく単純なことを話した。つまりカモメにとって飛ぶのは正当なことであり、自由はカモメの本性そのものであり、そしてその自由を邪魔するものは、儀式であれ、迷信であれ、またいかなる形の制約であれ、捨て去るべきである、と。
「捨て去っていいのですか」と、群集の中からひとつの声があがった。
「それがたとえ群れの掟であっても?」
「正しい掟というのは、自由へ導いてくれるものだけなのだ」ジョナサンは言った。(p.113)