ホリー・ガーデン(江國香織/新潮社)
特に大きな事件が起こるわけでもなく、何事もない日常の中に、些細な諍いやすれ違いや共感がいくつも生まれていて、そのことを自然にさらりと描いているような本。
実際、大事なものの多くは、そういう日常の些細な部分に含まれているもので、その大切さに気づかされるような場面がいくつもある。それは、この作品では、ディテールの部分がとても丁寧に、繊細すぎるほどに細かく書きこまれているからだろうと思う。
最初から最後まで、独特の雰囲気と世界観に包まれていて、読んでいるうちに完全にその空気に浸かっていってしまうような小説だった。
【名言】
ホープレスにあの人が好きなのよ。私の知らない土地に生まれて、私の知らない人たちと生きて、私の知らない人たちを愛している芹沢さんが好きなの。いまのあの人じゃないあの人なんて想像できないし、いまの私たちじゃない私たちなんて考えられない。恋愛っていうのは、なんていうか唯一無二の、天文学的偶然によってできているものだと思うのね。だから、何か一つずれてしまったら--もっと早く出会うとか、芹沢さんが独身だとか--、すべてがちがっちゃうはずでしょう?(p.243)