殺人の門(東野圭吾/角川書店)
自分が、その人の人生を生きているような視点で、話しの内容を追体験出来る小説というのは、いい小説だと思う。
文章の語り口がとても上手い、ということもあるけれども、この話しの主人公の田島は、個性が強い性格ではなくクセがない分、感情移入がしやすく、同じ出来事を一緒に体験しているような気分で読むことが出来る。
その主人公に対となるように、悪賢い、強い個性を持った倉持という男が登場する。主人公が、人生において不幸になる場面の陰に必ず関わってくる人物。自分を陥れるこの男を激しく憎みながらも、その関係は切れずにいつまでも続いていく。
人を殺すという行為を遂行するには、憎しみの他にタイミングや衝動が必要だと、登場人物の一人が主人公に語っている。その殺人の門をくぐることが出来るのかどうかを、主人公は常に自らに向かって問いかけ続ける。
物語の終わりに、読者は考えさせられることになる。主人公が彼に対して抱いた憎悪は、どこまで明確な根拠にもとづくものだったのか。果たして倉持という男はどこまで根が深い悪人だったのか。その答えはおそらく、読んだ人によって異なるだろうと思う。
もう一人分の人生を追体験したような気持ちになる、優れた小説だった。
【名言】
「田島さん、動機さえあれば殺人が起きるというわけではないんですよ。動機も必要ですが、環境、タイミング、その場の気分、それらが複雑に絡み合って人は人を殺すんです。」(p.580)
「口のうまい男だったよね。この男にかかると、どんなクズ鉄だって金みたいに思えてくる。それでどれだけ損をさせられたか。」彼に乗せられて一億近い金を投資したという人物は、それでも笑いながら言った。「だけど、今振り返ってみると楽しかった。この男のおかげで変わった夢をいくつも見られた。」(p.588)