そして誰もいなくなった(アガサ・クリスティー/ハヤカワ文庫)
アガサ・クリスティーの小説は、正統な推理小説の理想形を体現している。ストーリーを成立させるために必要十分な情報だけを読者に与えて、余計な描写に字数をとるということがない。
「そして誰もいなくなった」は、特に構成が綿密な作品だ。無人島に招かれた10人の客全員が、過去に犯した殺人について何者かに告発され、1人1人順番に殺されていく。それだけの数の人物同士が関連を持った物語が、一冊の枠の中にきっちりと納まって完結しているのは本当に見事だと思う。
各登場人物のプロフィールや性格もきっちりと設定されていながら、説明をしすぎるということがない。下手な作家だったら間違いなく、10人の物語を書き分けるために、ムダに冗長な長編になってしまっているところだ。
推理小説の第一条件は、プロットや論理に抜けがないことだ。
アガサ・クリスティーの作品はその基本的な部分を最も要視していて、小細工を弄するような真似はしない。推理小説だけが持つ醍醐味が、彼女の作品には存分にあると思う。