人生練習帳


人生練習帳(齋藤孝/草思社)

古今東西の色々な著書や歌詞から、名言を抜き出してきて、それをどう自分の糧とするか?を、著者が指南した本。
セレクトされている本やアーティストにかなり偏りがあって、あまり、引用された名言そのものには響くものはなかったのだけれど、その、言葉についての齋藤さんのコメントが面白い。
自分も、本を読む時には「名言」を探して読むのでとても共感出来るのだけれど、自分にとっては読書というのは、名言をいかに咀嚼して自分の中に吸収するかという作業だ。
その意味で、齋藤さんがどのような言葉に助けられて、その言葉をどうとらえて考えてきたのか、という思考の道筋を知ることが出来たというのは、かなり面白かった。
この本を、一般の名言集のような内容を期待して読むと、期待はずれに終わると思う。単に名言を集めただけの名言集なら、たくさんあるし、名言だけを拾って読んだとしても、あまりそれに意味があるとは思わない。
より重要なポイントは、名言とどのように出会って、それをどのように解釈するべきなのかという編集技術の部分なのだ。その点、齋藤さんほどにその蓄えと技術がある人はまれで、その方法を説明しているというのは、とても貴重な本だと思った。
【名言】
わたしは、人生の醍醐味というのは、否定的な要素でさえも肯定に変わるところ、つまりオセロゲームのように、一気にコマがひっくり返って、黒のコマが全部白のコマになるかのような要素を含んでいるところだと知っています。
こう断言できる理由は、人生の意味は、道中になにが起ころうとも最終的には自分がどう意味づけするかできまるからです。自分がそれを幸せだと思えば幸せになってしまうし、不幸だと思えば不幸になってしまう。だからこそ、そこにあるひとつの人生は歓喜にも憤怒にもなりうる。つまり、人生の味わいは”編集技術”の手腕によって大きく左右される。(p.13)
苦しいときにふと言葉が手をさしのべてくれる、それで人は新たな感慨と新たなエネルギーを手にしていくわけですが、しかし、苦しいときにふと浮かぶ言葉は、人生の予習期に仕込んでおかなければ効果がありません。中年期以降こそ、真剣な予習が必要なときと言いましたが、この時期になると、新しいものを受け容れにくくなるので、やはり若いうちにどれだけ予習をして言葉を仕入れていたかの差がこの時期になって如実に出てきます。(p.62)
「ひとり」こそが人間のスタート地点なんです。それは、誰しも父母があるわけだけれど、この世に「ひとり」生まれ落ちる。まずはしっかりとした「ひとり」からはじめないと、あなたの人生ははじまらない。まだはじまっていない、ともいえる。(p.80)
いったん天職だと思えれば、他人からなんと言われようがゆらぎません。「個性よりももっと重要だな」と思うことだってできます。ですから、いじわるな言い方をするならば、個性という単語にこだわっている人はまだ天職に出会えていない人という見方も成り立ちます。もうひとついえることは、天職に出会うのは年齢できまらないということです。個性の発揮というのは、ある程度の年齢で証明しなければならない時期があるともう。しかし、天職は、歳が上になってからでもmeetすることができる。天職チャンスみたいなものが、いつの年齢にも許されている。天職はすべての人に、いつでm、どこにでも開かれているのです。人は天職に出会うために成長というハシゴを登りつづける。そして、人は天職を得てさらに上へと成長するのです。(p.221)
さまざまな天才論議がありますが、天才のイメージというものをわたしたちは改めなければならない。「全部わかっていて、全部説明できてしまうという、認知力と認識力をもってクリエイティブな活動をしている人」。これが正しい「天才の定義」だと思います。つまり、偶然に任せている人は天才ではないわけです。(p.237)

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