表現力のレッスン(鴻上尚史/講談社)
鴻上尚史氏が、演劇のワークショップや、大学の講義で実際におこなった、「表現力のレッスン」のやり方を解説した本。
いずれも、知識的な内容ではなく、実際に自分自身の身体を使って、他の人とのコミュニケーションをおこなうようなレッスンばかりで、「これは、やったことがないけれど、やったら面白そう」と思う内容ばかりだった。
レッスンでやること自体も、色々な気づきがありそうなものばかりなのだけれど、それぞれのレッスンが何故必要なのか、とか、表現力とどういう関係があるのか、ということを解説している著者の説明が、ものすごく面白い。
特に、これはいいと思ったレッスンは下記の4つ。
・倒れかけレッスン(p.11)
→Aが後ろに倒れて、それをBが受け止めるというレッスン
・目隠し体レッスン(p.30)
→Aが作ったポーズを、Bが目を閉じて触って確かめ、同じポーズを真似するレッスン
・ムチャクチャ語レッスン(p.87)
→設定を一つ想像して、ムチャクチャな言葉で会話をするレッスン
・目隠しウォークレッスン(p.96)
→Aが目隠しをして歩いて、Bがそれを見守るレッスン
【名言】
「倒れかけレッスン」は、とりあえず、相手に自分の体を任せるという決断と勇気が必要です。それが、「信頼のエチュード」と呼ばれたりする理由です。
人間を信用しない、なんでも自分でやろうとする、傷つけられないように警戒する、人間に深入りしない、ということが染みついている人には、三人前後・横パターンは、本当に難しいと思います。
ですが、できないことで、自分や相手を責めないように。
「表現力」のためのレッスンは、道徳のレッスンでもなければ、人生の修行のためのレッスンでもありません。
それは、「表現」を楽しむためのレッスンです。できなければできないでかまいません。今できない自分を楽しんでください。(p.25)
僕が大学生の時、電車に乗っていると、隣に立っていた中年のカップルが会話を始めました。
まず、女性が、「ねえ、私のこと、愛してる?」と聞きました。
中年の男性は、
「愛してるよ」
と答えた後、
「いや、『愛してる』なんていう固っ苦しい表現じゃないな。『好きだ』。これだな。・・いや、違うな。なんか薄いよな。『惚れてる』。・・そうなんだけど、なんだか時代劇みたいだな。『抱きたい』。もちろんそうなんだけど『一緒にいたい』。うん、でもそれだけじゃないし、『抱きしめたい』。うん、近いな、でもちょっと違うし・・」
と、言葉を探し始めました。
僕は、その発言を聞きながら、感動していました。彼がどんな言葉にたどり着くのか、興味津々でしたが、二人は次の駅で降りてしまいました。
人は恋をすると、「表現」と「感情」に対して厳しく、敏感になります(この場合の「表現」は「言葉」ということです)。
つまり、「言葉」と「感情」の距離に初めて気付くのです。「言葉」が「感情」をそのまま表現したものではないと分かるのです。(p.49)
この本は道徳の本ではないので、「レッテルを張るのをやめましょう」とは言いません。ただ、「レッテルを張るともったいない」と言います。表現力を使いたい相手に、レッテルを張ってしまうと力を充分に発揮できなくなるのです。(p.150)