全世界で話題の、中国発SF「三体」を読了。
第一部から第三部へと読み進めるほど、物語のスケールが指数関数的に大きくなっていて、桁違いに面白くなっていく。
各部の間に物語としてつながりはあるものの、構成としては、それぞれの部でひとつのトピックが完結するようになっている。
とくに、第二部「黒暗森林」のテーマは、「これほど広い宇宙の中で、人間以外の生命の痕跡が一つも見当たらないのは何故か?」という疑問に対する回答になっていて、そのロジックがとても面白い。
そして、第三部「死神永生」では、次元が異なる世界が接触した時に、いったいどのような現象が起こるのか、について人類が到達可能な想像力の限りを尽くして書かれていた。
四次元から三次元の世界を見るといったいどのような見え方をするのか。三次元が二次元の中に折りたたまれた時、厚みのないどのような絵が出来上がるのか。
それらはもちろん、純粋に空想上の描写ではあるのだけれど、その設定は物理学の法則をベースにしているので、確固としたリアリティーがある。
同じように、「ブラックホールの特異点を超えた人間には、世界がどのように見えるのか」、「光速で動く宇宙船に乗って地球を離れると、元の世界ではどれぐらいの速さで時間が経過するのか」、物語の中で起こる出来事を通じて、日常とかけ離れた景色を見せてくれる。
「三体」の小説の中で扱われている話題は、物理学や宇宙学はもちろん、文学や哲学、詩歌、歴史など本当に多岐にわたっていて、著者の関心と知識の幅の広さには驚かされる。
宇宙に関する、すべての不思議を扱って一つの小説の中に取り込んだような、とにかく壮大なスケールのSFだった。
名言
チンギス・ハンの騎兵は、20世紀の装甲部隊と同じ攻撃速度を誇りました。また、北宋の弩の射程は1500メートルにも達し、20世紀のアサルトライフルと変わりないほどです。(II 下巻p.175)
「たえまない攻撃の過程で、水滴は冷酷かつ正確な知性を示した。特定宙域における巡回セールスマン問題を完璧な正確さで解決し、同じルートを通ることは一度もなかった。(II 下巻p.227)
人類文明には5000年の歴史がある。そして地球の生命は何十億年にもおよぶ。でも、現代の科学技術は、人類がこの300年のあいだに発展させてきたものだ。宇宙の時間的なスケールから見れば、これは発展とかいうレベルじゃない。爆発だ!地球は300年だったけれど、あらゆる宇宙文明の中で人類の発展速度がいちばん速いと考える理由はない。他の文明の技術爆発はもっと急激かもしれない。いまはぼくの文明がきみの文明より弱いとしても、きみのメッセージを受け取って、きみの存在を知ったら、ぼくらのあいだに猜疑連鎖が生まれる。いつなんどきぼくの文明に技術爆発が起きて、きみの文明を凌駕し、きみより強くならないとも限らない。宇宙のスケールでは数百年など一瞬だ。ということは、もしぼくが、生まれたばかりの、あるいはよちよち歩きをはじめたばかりの文明だったとしても、ぼくはきみにとって大きな危険因子になる。(II 下巻p.297)
「生命なんか、この惑星の表面にへばりついている、もろくて柔らかい薄皮でしかないと思ってる?」
「違うの?」
「正しいよ。時間の力を計算に入れなければね。米粒サイズの土くれを倦まずたゆまず運び続ける蟻のコロニーに、十億年の時間を与えたら、泰山をまるごと動かすこともできる。じゅうぶんな時間を与えるだけで、生命は岩石よりも強固になるしハリケーンや火山よりも強力になる。」(III 上巻p.40)
ある意味、ひとつの脳は、ひとりの人間全体となにも変わらない。脳は、その人間の意識、人格、記憶はもちろん、戦略を立てる能力も宿している。(III 上巻p.112)
天明は宇宙が怖かった。大学で航空宇宙工学を学んだ人間として、宇宙の過酷な性質を理解しているし、地獄とは地面に下ではなく空の上にあるということを知っている。(III 上巻p.120)
いまの三体人は、人類にとって、もはや透明な思考の持ち主ではなかった。彼らは過去二世紀のあいだに、嘘、欺瞞、策略など、戦略的思考について多くを学んだ。もしかするとそれは、彼らが人類の文化から得た最大の収穫だったのかもしれない。(III 上巻p.232)
「どうして?」程心は、自分自身に問いかけるように、小さな声でたずねた。
「宇宙はおとぎ話じゃないからよ」(III 上巻p.257)
しかしいまや、われわれがいるこの宇宙では、すべての文明が自分たちの存在を隠そうと努力していることがわかっている。彼方の星系を観測して知性のしるしが発見できなかった場合、ほんとうに生命のいないわびしい世界だという可能性もあるし、その世界の文明がほんとうの意味で成熟している可能性もある。(III 上巻p.386)
「科学的に見れば、”消し去る”という言葉は正確じゃない。なにも消え去っていないからね。もともとあそこにあったものは、いまもすべて残っている。すべての角運動量も含めて。物質の配置が変わっただけのこと。カードの山をシャッフルするようなものだよ。ただね、生命はストレートフラッシュなんだ。一度シャッフルしたら、もうなくなってしまう。」(III 下巻p.145)
現代の量子デバイスなら、米粒ひとつのサイズに大型図書館並の情報を記録できる。だが、損失なしに保存できる期間はせいぜい2,000年程度だ。
現代科学のあらゆる分野におけるもっとも先進的な理論と技術をベースに、膨大な理論研究と実験を行った結果にもとづき、無数の方法を総合的に分析して比較したところ、情報を1億年程度保存する方法がひとつ見つかった。実行可能な既知の方法は、唯一これだけだと彼らは強調した。その方法とは、すなわち、「石に字を彫る」。(III 下巻p.289)
文明は5000年にわたって狂ったように走りつづけてきた。たえまない進歩が進歩をさらにあと押しして加速させ、無数の奇跡がさらに大きな奇跡を生み出して、人類は神にもひとしい力を持った。だが結局のところ、ほんとうの力を握っているのは時間だった。足跡を残すことは、ひとつの世界をつくることよりもむずかしい。(III 下巻p.292)