ビジョナリー・カンパニー(ジェームズ・C.コリンズ/日経BP社)
豊富なデータに裏付けられた丁寧な調査といい、それを元にして特に重要で普遍的な法則を導き出す論理展開の見事さといい、この先も長い年月に耐えて残り続けるであろう名著だと思う。
この本が面白いのは、膨大な資料の中から、「これこそがビジョナリー・カンパニーだ」と言える企業を慎重に選び出しただけではなく、それと同じ業種で、とてもよく似た環境や条件を備えながら、「しかしビジョナリー・カンパニーとは言えない」比較対象企業を、それぞれ対応させる形で選び出している点だ。
比較対象の材料に選ばれるほどだから、それらの企業にしても、ダメな会社というわけではなく、世間的には一流の企業と認知されている会社ばかりだ。しかし、何百年という時代を生き残るであろう「超一流」の会社と比べると、何かが足りない。
この「比較対象企業」があることによって、ビジョナリー・カンパニーが、単に優秀であるというだけではなく、いかに特異な存在であるかということがよくわかるようになっている。
綿密な調査に基づく、ビジョナリー・カンパニーの説明を読むほどに、その実態には、一般的にビジネススクールで教えられているような「ビジネスの常識」とはかけ離れた点が多いことに驚かされる。
その要素を丁寧に掬いとって、誰にでも理解出来る形でシンプルな言葉にまとめていることこそが、この本のすごい点だと思う。
【名言】
重要な点は、ビジョナリー・カンパニーが「組織」であることだ。個人としての指導者は、いかにカリスマ性があっても、いかに優れたビジョンを持っていても、いつかはこの世を去る。(p.3)
ビジョナリー・カンパニーは、その基本理念と高い要求にぴったりと「合う」者にとってだけ、すばらしい職場である。ビジョナリー・カンパニーで働くと、うまく適応して活躍するか、病原菌か何かのように追い払われるかのどちらかになる。その中間はない。カルトのようだとすら言える。(p.14)
ビジョナリー・カンパニーは「OR」の抑圧で自分の首をしめるようなことはしない。「ORの抑圧」とは、手に入れられるのはAかBのどちらかで、両方を手に入れることはできないという、いってみれば理性的な考え方である。しかし、ビジョナリー・カンパニーは、安定か前進か、集団としての文化か個人の自主性か、生え抜きの経営陣か根本的な変化か、保守的なやり方か社運を賭けた大胆な目標か、利益の追求か価値観と目的の尊重か、といった二者択一を拒否する。そして、「ANDの才能」を大切にする。これは、逆説的な考え方で、AとBの両方を同時に追求できるとする考え方である。(p.16)
わたしたちは疑問を持った。「ビジョンのある指導力」が、卓越した組織の発展に欠かせないのだとすると、3Mのカリスマ的指導者はだれだったのかと。わたしたちは知らなかった。非常識なのだろうか。3Mは、何十年もの間、広く尊敬を集め、畏敬にも近い念を持たれてきたが、現在のCEOや、その前任者、さらにはその前任者の名前を知っている人は、ほとんどいないのではないだろうか。
3Mは、ビジョナリー・カンパニーとされることが多いが、ビジョンを持ち、世間の注目を集めるカリスマ的指導者の典型のような経営者がいるようにはみえないし、過去にいたようにもみえない。(p.18)
ビジネス・スクールでは、経営戦略や起業に関する講義で、何よりもまず、すばらしいアイデアと、綿密な製品・市場戦略を出発点とし、次に「機会の窓」が閉まる前に飛び込むことが大切だと教えている。しかし、ビジョナリー・カンパニーを築いた人たちは、そのように行動したわけでも、考えていたわけでもなかったことが多い。創業者たちの行動をひとつひとつ見ていくと、ビジネス・スクールが教える理論に反するものばかりだ。(p.46)
F・スコット・フィッツジェラルドによれば、「一流の知性と言えるかどうかは、二つの相反する考え方を同時に受け入れながら、それぞれの機能を発揮させる能力があるかどうかで判断される」。これこそまさしく、ビジョナリー・カンパニーが持っているの能力である。(p.74)
ノードストロームを見ていくと、アメリカの海兵隊を思い起こさせる。ノードストロームでは管理と規律が厳しく、基本理念に順応できない者、順応する意志がない者は、すぐにはじき飛ばされる。しかし、一見矛盾しているようだが、起業家のようなやる気と創意工夫がない者は、理念を受け付けない者と変わらないほど、失敗する確率が高い。(p.233)
ウォルマートには、先を読む有能な戦略家がいたように見えるが、これはちょうど、種が綿密な計画のもとに創造されたように見えるのと同じなのだ。同社のある取締役がわたしたちのインタビューで語っている。「当社のモットーは、『なんでもやってみて、手直しして、試してみる』だ。どんなことでも試してみて、うまくいったら、それを続ける。うまくいかなければ、手直しするか、別のものを試してみる」(p.249)
大型商品が小さな一歩から生まれることが少なくない点を3Mはよく理解している。しかし、小さな一歩のうちどれが大型商品につながるのかは、事前にはわからない。そこで3Mは小さなことをいくつも試し、うまくいったものを残し、うまくいかなかったものを捨てている。(p.260)