可愛い女(ひと)(チェーホフ/岩波書店)
この作品の主人公の共感力の高さと、シンプルで単純明快な世界観は、大きな美徳だと思った。人生を楽しむために大事なのはIQではなく、EQなのだ。簡潔だけれど、とてもしみじみとする、いい話しだ。
今、ここ、ではないどこかに自分の幸せがあると考える人は、満足のいく幸せというものにたどり着くまでにはなかなか苦難が多いだろうけれど、
その逆に、今、ここ、が幸せだと感じることが出来る人には、常に幸せがつきまとうということなのだろう。
人についても、自分に合う人と合わない人がいる、という見方ではなく、相手と自分の感覚とを瞬時に同調させることが出来る高い共感能力があるのであれば、合う、合わないという相性を気にすることもなくなるだろう。正解は一つではないし、何が正解であると思うかを決めるのも、それぞれの自由ということだ。
「オンリーワン」を礼賛する個人主義というのは、寂しい方向に人を導くものなのだという気がする。「確固とした自意識」があるというのは、幸福になるためにはあまり重要ではないばかりか、時には大きな妨げになるものなのだろうと思った。
【名言】
ほかの女だったら世間の非難を浴びずに済みそうもないこの出来事も、オーレンカのことだとなると誰ひとりとして悪く思う気にはなれず、彼女の身の上のことは何事によらずもっとも至極とうなずけるのだった。(p.110)
彼女にしてみれば赤の他人のこの少年、その両の頬にあるえくぼ、そのぶかぶかの制帽、そのためになら、彼女は自分の命を投げ出しても惜しくはなかったろう。それどころか、喜び勇んで、感動の涙をながしながら、命を投げだしたに違いない。どういうわけで?だがそのわけを、一体だれが知り得よう?(p.120)