アフターダーク(村上春樹/講談社)
映画のト書きのような、主観を徹底的に排除した、淡々とした描写がとても特徴の小説。かなり実験的に、こういう書き方を試してみたんじゃないかという気がする。
前に読んだことはあるにもかかわらず、まったくストーリーを覚えていなくて、もう一度読み直してみたものの、おそらく数年後にはまたすっかり忘れてしまいそうな予感がする作品。
そのぐらい、掴みどころがなくて、大きなヤマやオチがあるわけでもなく、印象に残りにくい話しだった。
はっきりとしたストーリーやオチを求める小説ではなく、真夜中という時間帯の、世界が変貌する妖しい雰囲気を感じる、という楽しみ方をする小説なんだろうと思う。
意味がよくわからない部分は多かったものの、文章や会話のリズムはとても心地良かった。表紙のカバーの色も好き。
【良かった話し】
・ハワイに流れついた三人の兄弟の話し。それぞれの兄弟が岩を転がし終えたところが生きるべき場所だという話し。(p.23)
【名言】
「LPだといちいち手間がかかるでしょう?取り替えたりするのに」とマリは言う。
バーテンダーは笑う。「だって、こんな夜中なんだ。どうせ朝まで電車はない。急いでもしかたないよ」(p.90)
私たちが目にしているのは、一見して静止画面のように見えるが、実際はそうではない。それはリアルタイムでこちらに送られてくる生きた画像である。こちら側の部屋でも、あちら側の部屋でも、時間は同じように均一に経過している。両者は同じ時間性の中にいる。折に触れて顔のない男の肩が緩慢に上下することで、それがわかる。それぞれの意図がどこにあれ、私たちは共に等しい速度で、時の下流に向けて運ばれている。(p.128)
「つまりさ、一度でも孤児になったものは、死ぬまで孤児なんだ。よく同じ夢を見る。僕は七歳で、また孤児になっている。ひとりぼっちで、頼れる大人はどこにもいない。時刻は夕方で、あたりは刻一刻と暗くなっていく。夜がすぐそこまで迫っている。いつも同じ夢だ。夢の中では、僕はいつも七歳に戻っている。そういうソフトウェアってさ、いったん汚染されると交換がきかなくなるんだね」(p.213)
「そやからね、マリちゃんもちゃんとええ人を見つけたら、そのときは今よりもっと自分に自信が持てるようになると思うよ。中途半端なことはしたらあかん。世の中にはね、一人でしかできんこともあるし、二人でしかできんこともあるんよ。それをうまいこと組み合わせていくのが大事なんや」(p.241)
結局のところ、すべては手の届かない、深い裂け目のような場所で繰り広げられていたことなのだ。真夜中から空が白むまでの時間、そのような場所がどこかにこっそりと暗黒の入り口を開く。そこは私たちの原理が何ひとつ効力を持たない場所だ。いつどこでその深淵が人を呑み込んでいくのか、いつどこで吐き出してくれるのか、誰にも予見することはできない。(p.254)
「リーブル」の読書日記