『真珠とダイヤモンド』【桐野夏生】バブルの狂騒の中で登り堕ちてゆく人びと

shinjuto
(桐野夏生/毎日新聞出版)

日本がとても景気が良かったバブル時代の、証券会社や銀行や不動産といった、金回りの派手な業種の人々を描いた小説。

世の中の景気の上昇気流に乗って、どんどん上へと登っていく若い主人公たちが、どうなってしまうのか。
最後に堕ちていくことだけは、小説の冒頭にあった「プロローグ」の記述から分かっている。
永遠に続くかと思われた、80年代日本のバブル景気が、ついには弾け飛んでしまったことも、歴史的な事実として知っている。

バブルの狂騒の教訓は、どの物語でもだいたい似通っている。
「驕れる者は久しからず。」

光がまぶしく強いほど、その後に残る影も濃く暗くなる。
4章からなる各章のタイトルも、「バブル」「フィーバー」「ドリーム」ときて、最後は「フェイク」だ。

いったい、いつ、どのようにして、突き落とされていくのか。
それが、恐ろしくもあり、気がかりでもありながら、ずっと読み進めた。

桐野夏生の小説としては陰鬱な気配が薄いのは、輝ける華やかな時代を舞台にしているからだろう。
派手に駆け上がって、派手に急降下する、ジェットコースターのような勢いと爽快感がある小説だった。

名言

証券会社は、完全な成果主義だ。頭が悪くても、性格に難があっても、契約を取ってきた者が一番偉い。それも金額順、という露骨なヒエラルキーがある。望
月は、いきなりナンバーワンになったのだ。(上巻p.202)

重みのある、しっとりとした革の手触り。美しいブルーの発色。自分では買えない高価なバッグが、思いもかけず自分のものになった戸惑いがまだ残っている。
しかし、バッグを開いて中に詰まっている薄紙を取り出した時、言いようのない喜びが湧いてきた。
美しいものは高価だ。高価なものは美しい。
この単純な真理が、高価で美しいものを自分のものにした時に、やっと身内に入ってきたような喜びを感じる。この真理と、もっと同化したいと思う。(下巻p.21)

水矢子は、客の男たちが単に若いというだけで、自分に執着することが不思議でならなかった。自分という人間に興味があるのではなく、若い女という記号に反応しているだけなのだ。(下巻p.77)

望月は銀座に越したひと月後に、赤いポルシェを買ったし、佳那も負けじと高価な買い物をしまくる。瞬く間に派手で豪華になってゆく暮らしに、望月も佳那も驚くほど早く順応した。(下巻p.149)

金で何でもできるようになると、それはそれで楽だから、どんどんエスカレートする。金が万能の切符だった。そして、その切符を自分はたくさん持っている。(下巻p.156)

「破綻するかしないかなんて、わからないじゃないですか」
水矢子は慰めるつもりで言ったが、川村は首を横に振る。
「わかってますよ。誰もが、もうじき来るってわかってる。じゃ、その時はいつなんだってことですよ。」(下巻p.218)

「あんたは、まったく情ってものがないね。さすが、風の人だよ」
「情、ですか?」
驚いて問うと、南郷は何も答えずに啜り泣いていた。南郷は川村を好きだったのだ、きっと。水矢子は、正視に耐えられなくて目を伏せた。望月も南郷も、どうしてみんな面倒くさい反応しかしないのだろう。溜息混じりに、南郷に尋ねる。
「じゃあ、川村さんは、何の人だったんですか?」
「川村ちゃんはね、水の人だった。同じ舟に乗るから、人間関係の良好な人よ」
南郷は適当なことを言って客を騙している、と常日頃思っていたが、今度ばかりは頷く自分がいた。川村となら、同じ舟に乗りたい女もいることだろう。そう、南郷のように。でも、自分は川村に定義されたように、一生輝かないダイヤモンドなのだ。
もし、川村と恋愛していたら、心を乱されてとっくに壊れていたことだろう。だから、この硬度で自分を守るのだ。守れるのなら、輝きなんか一生なくてもいい。
水矢子は、焼酎のグラスをテーブルの上に音を立てて置いた。半分以上残っているが、自分の部屋に帰って、好きな酒を一人で飲みたかった。そのためには、一生、一人でいい。(下巻p.231)

無難な生き方をしている自分だけが無事だった、ということだろうか。自分は何とつまらない人生を生きているのだろう。何が、風の人だ、ダイヤモンドだ。水矢子は急に腹が立って、新聞をくしゃくしゃに丸めて、力任せに千切って棄てた。(下巻p.266)

「みんなに何が起きたんですか?」私、何だかわけがわからなくて」
水矢子が溜息を吐くと、優成が薄く笑った。
「ゲームオーバー。俺たち、やられたんですよ」
「誰に」
「大人たちです。さんざ利用されて、全部奪われて、最後は殺される」(下巻p.271)

「さっき、みやちゃんが、輝かんダイヤモンドだって話があったっちゃね。その伝で言えば、うちは掌中の珠どころか、薄汚れた真珠やった。汚かパールばい。」(下巻p.281)