これは素晴らしい作品だった。
楽しいとか、泣けるとか、感動したとかいうカタルシス的な要素は一つもないのだけれど、そういう要素をまったく入れずに、これほどの大作を作ってしまうというのは、スピルバーグという人はやはり並みの監督ではないのだと思う。
この映画を公開するということは、様々な方面からの批判を受けることだというのは明らかだろうと思うのに、それでもこういう作品を作るというのは、商業的利益を抜きにした、使命感以外の何ものでもないだろう。
日本にいるとなかなか実感としてわかりにくいけれど、ヨーロッパというのは、狭い土地に様々な民族が肩を寄せ合ってくらしている、とても複雑で不安定な要素を抱えた地域だ。
この映画は、そのモザイクのように入り組んだヨーロッパの姿を、渡り鳥のように各地を飛び回る主人公の視点を通して実感させてくれる。登場する場所はものすごく多く、覚えているだけでも、
パリ、ロンドン、デュッセルドルフ、イタリア、アテネ、ベイルート、イスラエル、オランダ、ヨルダン、ニューヨーク、スウェーデン、ベネズエラ、バングラデシュ。他にもまだまだあったと思う。
映画の中では、ところどころで色々な現地の言葉がはさみ込まれるものの、基本的にはすべて英語で会話が進むので、まだお互いの意思疎通が取れているように見えるけれど、実際には、これらもほとんど英語ではない言葉で会話がおこなわれていることを考えると、異民族間でのコミュニケーションということが絶望的に思えてくる。
その壁を多少なりとも実感させられるのは、時々会話の中に入ってくる、フランス語、ドイツ語、ヘブライ語、アラビア語、イタリア語、ギリシャ語などの様々な言語だ。たとえ英語であっても、それは英語をネイティブ言語としない人々によって話される、なまりのある英語が交わされる。
この映画は「ホーム」を求めるという行為がテーマになっている。自分たち自身の国家を渇望してきたユダヤ人はもちろん、どの民族であっても、安心して暮らせる自分自身の国や家庭を、心の底から求めている。
テロは、終わりのない復讐と憎しみの連鎖しか生まないというのは、言葉の上では語り尽くされたテーマではあるけれど、この映画ほど、それを痛切にわからせてくれた作品はない。
■名シーン
この映画は、いい場面がたくさんあった。
・暗殺の後に、眼鏡の男が薬莢を拾うシーン
・パリで少女が電話を取って、どうなるのか?となるところ
・主人公とパレスチナの男が、夜中にお互いのポリシーを語るところ
・パリの郊外で「パパ」が主人公におみやげを渡すところ
・ラジオのチャンネル争いをするシーン
■名言
You could have a kitchen like that someday.
It costs dearly, but home always does.(Louis)