陰翳礼讃


陰翳礼讃(谷崎潤一郎/中央公論社)

今まで考えもしなかったような角度から、日本人が根底に感覚として持つ、陰影へのこだわりを説明してくれた本。論じている内容は、漆器や家の普請や能楽など、様々な事柄に及んでいて、そのどれもが、言われてみればなるほどと納得するような、驚きと説得力をもっていた。
以前に、「TIME」誌で、「人類のベスト・ワースト」という特集を読んだ時に、「最も醜いもの」として「日本のお歯黒」が挙げられていたのを見たことがあった。あれも、西洋人からしたらまったく意味がわからないものだろうけれど、日本人の肌の色や、薄暗い室内でのみ顔を見せるという文化を考え合わせれば、意味があるものなのだろうと思う。
この本が書かれたのは昭和8年。まだ、その当時だったら、著者が論じているような、電気のまぶしい光ではない、蝋燭の明かりによる生活というものが想像がつく人が多かっただろうし、著者と同じように、陰影の中にこそ現れる美しさというものを理解して、愛でていた人も多かったんじゃないかと思う。
今の時代では、こうして、文章によって語られたことから想像を喚起することでしか、生活の中で陰影が映える情景を思い浮かべることはないけれど、この本を読んだ後ではじめて気づいた、日本独特の美意識というものが数多くあった。
【名言】
もし東洋に西洋とは全然別箇の、独自の科学文明が発達していたならば、どんなにわれわれの社会の有様が今日とは違ったものになっていたであろうか、と云うことを常に考えさせられるのであう。たとえば、もしわれわれがわれわれ独自の物理学を有し、化学を有していたならば、それに基づく技術や工業もまた自ずから別様の発展を遂げ、日用百般の機械でも、薬品でも、工藝品でも、もっとわれわれの国民性に合致するような物が生まれてはいなかったであろうか。(p.16)
ぜんたいわれわれは、ピカピカ光るものを見ると心が落ち着かないのである。西洋人は食器などにも銀や鋼鉄やニッケル製のものを用いて、ピカピカ光るように研き立てるが、われわれはああ云う風に光るものを嫌う。(p.20)
かつて漱石先生は「草枕」の中で羊羹の色を賛美しておられたことがあったが、そう云えばあの色などはやはり瞑想的ではないか。玉のように半透明に曇った肌が、奥の方まで日の光りを吸い取って夢みる如きほの明るさをふくんでいる感じ、あの色あいの深さ、複雑さは、西洋の菓子には絶対に見られない。クリームなどはあれに比べると何と云う浅はかさ、単純さであろう。(p.28)
美と云うものは常に生活の実際から発達するもので、暗い部屋に住むことを余儀なくされたわれわれの先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に添うように陰翳を利用するに至った。(p.31)
もし日本座敷を一つの墨絵に喩えるなら、障子は墨色の最も淡い部分であり、床の間は最も濃い部分である。私は、数寄を凝らした日本座敷の床の間を見る毎に、いかに日本人が陰翳の秘密を理解し、光と蔭との使い分けに巧妙であるかに感嘆する。(p.34)
日本の茶道では、昔から茶席へ掛ける軸物は書でも絵でも差し支えないが、ただ「恋」を主題にしたものは禁ぜられていた。と云うことはつまり、「恋は茶道の精神に反する」とされていたからである。(p.95)
思うに古えの人の感じでは、昼と夜とは全く異なった二つの世界だったであろう。昼の明るさと夜の暗さ、まことに何んと云う甚だしい相違であることか。一と夜明ければ昨夜の物凄い暗黒の世界はたちまち千里の彼方に去って、空は青々と晴れ、日はきらきらと輝くのである。(p.132)