潮騒


潮騒(三島由紀夫/新潮社)

自然とか若さとか、眩しいものを寄せ集めたような、キレイな小説だなあと思う。話しとしてはとてもベタで、作者自身も、意識的にそういう、物語の正統なパターンにあてはめる形で作品を作ったのだろうと思う。
ギリシャ小説に着想をえた作品らしいのだけれど、それを日本風にアレンジして、より、日本の自然や風土の美しさを際立たせた、素晴らしい文章だと思った。
この「潮騒」は、三島由紀夫っぽい感じはしないし、彼でなければ書けない作品であるという気もしない。
この作品は、ミスチルがヒット間違いなしというオーソドックスな曲をシングルで発売して、本当に自分が作りたい曲はそのB面に入れて出す、というのと似た戦略に基づいて書かれた小説なのではないかという気がする。
誰にでも普遍的に受け入れられるような「潮騒」という小説も出しておきつつ、それによって読者を得つつ、その後に、自分でなければ書けないような作品をぶつけてきているのだという感じがした。
【名言】
だれも忙しくて千代子に目もくれなかった。毎日のなりわいの単調なしかし力強い渦が、この人たちをしっかりととらえ、その体と心を奥底から燃やしており、自分のように感情の問題に熱中している人間は、一人もいやしないのだと千代子は思うと、すこし恥ずかしい気持ちがした。(p.120)