暗号解読(サイモン・シン/新潮社)
最高に面白い。
「暗号」というものについて、古今東西のエピソードを交えながら、黎明期の原始的な暗号から現代の最先端の暗号までを解説した、自然科学系の読み物。
テーマとしての魅力といい、ドラマチックな物語性を持たせた展開の見事さといい、これほどに、引きずり込まれるような面白さを持った解説書には、めったに出会えないだろうと思う。
前著の「フェルマーの最終定理」を読んだ時にも思ったことなのだけれど、この、サイモン・シンという人は、専門的で難しい学術上の概念を、一般の人にわかりやすい言葉に翻訳して伝えることが、ものすごく上手い。
「暗号解読」の技術にまつわる話しが面白いのは、暗号というものが、常にその時代の最先端のテクノロジーと関連して発達していくものであるという、技術的な面白さが一つと、もう一つは、暗号というものが軍事や政治と密接に関連して、多くの人の人生に直接影響を与えるものであるということだ。
だから、時に、暗号解読の技術というのは、一国の存亡が左右されるほどの重大事にもなるし、多くの数学者が人生を賭けるに足りる価値を持つものになる。
この本のスゴさは、それだけではなく、1万ポンドの懸賞金をかけて、読者に向けて暗号解読の公開問題を掲載しているという、驚きの企画もついていることだ。
しかも、問題はステージ1から10まであり、先に進むごとに徐々に難易度が上がっていく仕掛けになっていて、幅広い層の読者が楽しめるようになっている。
この公開問題は、既にスウェーデンの五人組が全問を解読したということなので、懸賞金のオマケはなくなってしまったけれど、問題を解く楽しみは今なお、残されている。
【名言】
よく言われることだが、第一次世界大戦は化学者の戦争であり、第二次世界大戦は物理学者の戦争だった。それというのも、第一世界大戦ではマスタードガスがはじめて使用され、第二次世界大戦では原子爆弾が炸裂したからである。同様に、第三次世界大戦が起こるとすれば、それは数学者の戦争になるだろうと言われている。なぜなら、戦争の次期兵器となるであろう情報を支配するのは、数学者だからである。(p.13)
一般に、短いテキストは標準的な頻度分布から大きくはずれる傾向がある。百文字に満たないテキストを解読するのはきわめて難しい。一方、長いテキストでは標準的な頻度分布になることが多い。しかし常にそうだとも言えないのである。1969年、フランスの作家ジョルジュ・ペレックが200ページの小説「消失」を発表したが、この作品にはeの文字が一つも含まれていなかったのだ。(p.41)
英語の各文字は、他の文字との関係で決まる個性(これを「連接特徴」という)をもっている。とくに個性的なのがqという文字で、qの後ろには必ずuが続く。(p.88)
難しい暗号を解読しようとすることは、そそり立つ絶壁の登攀に似ている。暗号解読者は、手がかり、足がかりになってくれるへこみやひび割れを探す。それが単アルファベット暗号ならば、暗号解読者は文字の出現頻度にしがみつくことになる。なぜなら、e、t、aなど出現頻度が高い文字の素性は、どう変装させようとも隠しきれるものではないからだ。(p.104)
今日ではランダムな鍵を作るには莫大な時間と努力と金がかかることがわかっている。ランダムな鍵を作る方法として一番望ましいのは、完全にランダムな振る舞いをすることのわかっている自然界の物理プロセス、たとえば放射性崩壊を利用することである。(p.173)
ポーランドがエニグマ暗号を解読できたのは、煎じ詰めれば三つの要素のおかげだった。恐怖、数学、そしてスパイ行為である。侵略の恐怖がなければ、難攻不落のエニグマ暗号に取り組もうなどとは、そもそも思いもしなかっただろう。数学がなければ、レイェフスキは連鎖を分析できなかっただろう。そして、コードネーム「アッシュ」のシュミットと、彼のもたらした文書がなければ、スクランブラーの配線はわからず、暗号解読はスタート地点にもつけなかっただろう。(p.215)