「桶狭間の戦い」という、歴史に残る奇襲に焦点を絞って、それがどのような経過で起こった出来事なのかということを、綿密な史料の分析と大胆な仮説によって描いた、かなり密度の濃い作品。
斬新なのは、織田信長以上に、今川義元についての描きこみや設定がやたらと細かいことで、幼少期からの成長を追って、いかにしてその人格形成が為されたかというところを起点に、ものすごく根本のところから「桶狭間の戦い」一点を問い直しているということだ。
この作品では、今川義元が、戦国の守護大名の一つの完成型として、いかに優れた資質と統治能力を持っていたかという説明に、まず重点が置かれている。
そこに、また別の形の理想型である織田信長という才能がぶつかったことによって生まれる、ドラマチックな龍虎対決の構図にしているのが面白い。
さらに、この時期に起こった小氷河期による飢饉や、「米」から「銭」への価値観の変化など、時代的な背景も踏まえながら、この戦いの位置づけも検証されていて、戦国時代の構造をわかりやすく理解出来る、硬派な作品だった。
名場面
戦国大名なるシステムとはなにか
如何にして乱世を牽引する当主が選ばれるのか
それは合戦なるプロセスを経ずして継承できるような
生易しいものではない(1巻)
津島商人を見習えい
彼奴らは皆が憩い遊ぶ祭りのときほどよう働く
祭日に遊べが一貫文が減り、働かば一貫文が増える
即ち二貫文の得・・それが商人の考え方じゃ(1巻)
日の本においてそれをわかる者が
我と信長のみだったという運命
出逢うとすれば、出逢うべくさ(4巻)
坊の才は
戦国の世における完成型
是に秀でる者は
今後も現れぬであろう
然ればこそ
うつけの御仁が気にかかる(5巻)
天運の起伏の交叉の場
かつての蘇我鞍作
平大相国もこれを見たのだ
幾万の人為とて抗えぬ
必然の奇跡(5巻)
天下一の人物を殺った
・・それだけじゃねぇ
俺たちゃぁ
大変な人物を殺ったと同時に
生み出しちまったのかもしれねぇ・・(5巻)