時の石(栗本薫/角川書店)
青春とは人生の或る期間を言うのではなく、心の様相を言うのだというけれど、それをもう少し具体的にするならば、「あの時に還りたい」という気持ちを持ち始めた時が、青春の終わりということになるのかもしれない。
この「時の石」は、その青春時代の輝きを見事に取り出して表現している小説だった。切ないという気持ちや、花鳥風月を愛でる気持ちというのはすべて、時間の流れと密接に関係している。ある瞬間を取り出して真空パックで保存することが出来ないからこそ、一つ一つの出来事が尊く思える。
そのことにはしかし、渦中にいる時には気づかないのだろうと思う。栗本薫という人がスゴいと思うのは、渦の中と外の視点を同時に獲得して、その感じ方の違いを、一つの「石」のみを使って物語にしてしまっていることだ。短編ながら、とても見事にまとまった、すがすがしい話しだった。
【名言】
ぼくらには、生きているもの、行きようとしているもの、それだけが大切なのだ。いつだって、ぼくらには死んでゆくもののことを思い、覚えておこうとするのだが、生はあまりに熱く、あまりにゆたかで、じきに追憶はいまによって埃くさいくらい隅っこへと追いやられてしまう。(p.44)
ぼくはせめてあと十、この場で年をとってしまえたらと、どんなに望んだだろう。
しかし、ぼくは十六で、そして先生に何ひとつ、してあげることができないのだった。ぼくは悲しい、ほんとうにやるせない思いを抱いて、機械的にノートのページを繰りつづけた。(p.57)
ぼくの世界、ゆたかで、色彩にあふれ、驚きと、そして知るべき未知の大陸とにみたされていた、ぼくの世界、
その、ぼくの十六の世界の廃墟に、ぼくはただひとり、とりのこされているのだった。(p.78)
同じ一度かぎりのこのバスに、なぜか知らず隣に乗りあわせ、そして行けるところまで一緒にゆきたい--、そう、小さな思いを共にしている、ぼくの友達。(p.109)