人間の証明(森村誠一/角川書店)
西条八十の「麦わら帽子の詩」を下地に、東京で殺された黒人の犯人を追う、社会派の推理小説。登場人物の過去と人間関係が、物語が進むごとに明らかになっていく過程が、一番の醍醐味ではあるけれど、それがあまりにキレイに繋がりすぎていて、小説とはいえ、ちょっと現実味に欠ける気がした。
ニューヨークのハーレムの描写は、とても良かった。東京とニューヨークという、二つの大きな都市の、乾いた雰囲気はよく伝わってくる。それに合わせるように登場する、棟居というドライな刑事の存在もいい。ただ、この作品では棟居刑事はあまり直接的に登場人物に絡んでくることがなく、そのキャラクターが活きていなかった気がする。
最後の、事件解決のくだりも、あまりしっくり来なかった。色々な事件やいきさつがあった後で、むりやりヒューマンドラマに持って行くという、あざとさが見えて、素直に感心することが出来ない。当時、この小説を原作としたドラマが流行して、その後もドラマ化が繰り返されているけれど、確かに、TVドラマ向きの構成を最初から意識したような感じがある作品だと思った。
ニューヨークには、あらゆる種類の「世界一」が肩を並べている。摩天楼、ウォール街、ジャーナリズム、教育施設、コングロマリット、文学、美術、音楽、演劇、ファッション、料理、さまざまな娯楽・・世界の一級品が集中して、ますますその上限を伸ばしていくのに比例して、悪も暗渠の底深くまがまがしい触手を伸ばしていった。殺人、放火、窃盗、強姦、売春、麻薬を代表に、ありとあらゆる種類の犯罪が行われている。ニューヨークはいまや上限と下限が開きすぎて、その矛盾の中で苦悶しているのだ。(p.131)
女房をもらい、子供ができても、それぞれが独りであることに変わりはありませんよ。一生彼らに付き添ってやれませんからね。ただいっしょに歩くというだけで、それぞれが孤独だという本質に変わりありません。私は、肉親や友だちは、編隊を組んで飛んでいる飛行機のような気がするんです。飛行機を飛ばしつづけるのは、結局、自分独りしかいないのです。(p.341)