世に棲む日日 1巻


世に棲む日日 1巻(司馬遼太郎/文芸春秋)

司馬遼太郎氏の著作の中では、「竜馬がゆく」と並んで、この作品が一番好きだ。
作者は、吉田松陰を主人公としてこの物語を書き始めながらも、その後どのように展開をさせてゆくか、最初の時点では決めていなかったらしい。
後に起こる、松陰の死をもってそこで物語は終わらず、視点を高杉晋作へと引き継いで、長州藩の物語は更に進んでいく。この、吉田松陰→高杉晋作という二人の主人公の絶妙な世代交代が、この作品を、世にもエキサイティングな傑作へと昇華させた最大の要因だと思う。
例えるならば、カメハメからテリーマンにグレートマスクが引き継がれることでキン肉マングレートの系譜が続いていくような熱さがある。
この1巻では、吉田松陰の青年時代が描かれている。まだ浦賀にペリーの艦隊が現れる前であり、世の中は太平の中にあってのんびりとしている時代で、その中で松陰も、藩の兵学師範としてゆっくりと学問を積み重ねながら、素地を固めている。
一番いい場面は、松陰が、宮部鼎蔵などの友人と交わした、東北旅行の約束を守るためだけに、藩を抜けるという大罪をおかすところだ。普通に考えればとても釣り合わないこの選択で、松陰は信義のほうを取る。
こういう、極端なまでに純粋な、松陰のエピソードがいくつも繰り広げられるこの第1巻は、物語の「起」にふさわしい導入部分といえるところで、まだ、さほどの事件はおこらないけれど、松陰がどのようにして、子供ような心と情熱を持ったまま成長していくことになったかというバックグラウンドの部分がとてもよくわかる。
【名言】
藩は、人間のようである。
三百ちかくある諸藩は、藩ごとに性格もちがい、思考法もちがっている。人間の運命をきめるものは、往々にしてその能力であるよりも性格によるものらしいが、藩の運命も、その性格によってつくられていくものらしい。長州藩は、やがて歴史の激動のなかに入るのだが、松陰のこの時期には、ただの大名にすぎない。ただ異常ぶ勉強ずきなところが、変わっている。(p.84)
われ酒色を好まず、ただ朋友をもって生(いのち)となす。
というのは、松陰ののちの言葉である。このときみずからを断崖に立たせながら、松陰はこのことばを胸中でくりかえした。
「自分は、いま国(藩)と家にそむく。しかし一度だけである。あとあとはけっしてそむかぬ。いまそむくのは」
と、その理由をのべた。
人間の本義のためである。人間の本義とはなにか、一諾をまもるということだ。自分は他藩の者に承諾をした、約束をした。
大いなる義とは、仲間との約束をまもるということであろう。たかが知れた約束ではないかとあるいはひとはいうであろう。しかし松陰というこの純粋思考の徒にすれば、その程度の約束すらまもれず、その程度の義さえおこなえない人間になにができるか、と、深刻に考えている。(p.117)
松陰は、過激者である。
ということは、この若者のどの部分から発するのであろう。松陰の他人に対するやさしさや、日常のせつぞど、それに紀行文などにみられるつりあいのとれた物の見方などからすれば、両頬に覆いをされた馬車馬のような絶対主義的思考者ではなさそうである。かれの視力は、十分に物事の左右前後表裏をみることができたし、その解釈力も柔軟であった。
しかしその行動は、どうにもならず飛躍する。過激者というより、飛躍者という言葉があれば、それにあたるかもしれない。(p.240)
世に棲む日日 2巻
世に棲む日日 3巻
世に棲む日日 4巻
ソーシャルブックシェルフ「リーブル」の読書日記

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