ファウスト 第一部・第二部(ゲーテ/岩波書店)
この本は、かなり読むのがキツかった。文章の意味がわからなすぎる。
内容と直接関係がない修飾が多いのは、詩としての韻や美しさを考慮して作られたものであるからと思うのだけれど、ドイツ語の原文ではなく、日本語に訳した文章で読んでいるからか、その良さがどうにも理解出来ない。
わからないのは文章だけでなく、ストーリーそのものも支離滅裂すぎて、何がどうなっているのやらよくわからない。時代も舞台も突然変って、何の前ぶれもなく現れたと思った登場人物が、次の瞬間にはもう死んでたり、性格が途中で変わったりで、もう頭がついていかない。
この「ファウスト」は、ゲーテが、自分の知識を総動員して、あらゆるものを詰め込んで作ったのだろうと思う。ある意味、かなりマニアックな作品だ。この、ごった煮のカオスは、教養の宝庫とも言えるだろうけれど、それをきちんと理解するには、ヨーロッパの古典や神話やキリスト教文化について、相当な素養が要求されると思った。
細かい内容そのものは意味不明だとしても、根本のテーマである、「どういう人生が一番幸せなのか」ということや、「神と悪魔によって選ばれた人間」ということにフォーカスしている点は、とても面白かった。ファウストとグレートヘンとの出会いのあたりも、ドラマチックでいい。もっとわかりやすく書いてくれれば良かったのに、という一言に尽きる。
この作品は、ゲーテが24歳で書き始めて、82歳で書き終えたのだという。その直後の、83歳でゲーテは亡くなった。
そのためか、終わり方もかなり唐突だ。マンガの連載だって、数年続けば、最初の頃とはテイストが変わってくるのだから、50年以上も続いた作品なら、途中で整合性がなくなってくるのもムリはないだろう。
「このままだと、自分はもうじき死んでしまうから、とにかく終わらせてしまえ」という感じで、強引に幕引きをしてしまったのだろう。
何故にこんなに突然終了?という、まるで「スラムダンク」のような後味を残した作品だった。
【名言】
よろしい、ではお前にまかせておこう。
あれの魂をそのいのちの本源からひきはなし、
もしお前につかまるものなら、
あれを誘惑してお前の道へ連れこむがよい。
そしてお前がやがてこう白状せねばならなくなったら恥じ入るがよい、
善い人間は、よしんば暗い衝動に動かされても、
正しい道を忘れてはいないものだと。(主)(第一部 p.28)
おれの胸には、ああ、二つの魂が住んでいて、
それが互に離れたがっている。
一方のやつは逞しい愛欲に燃え、
絡みつく官能をもって現世に執着する。
他のものは無理にも塵の世を離れて、
崇高な先人の霊界へ昇ってゆく。(ファウスト)(第一部 p.79)
私は常に否定するところの霊なんです。
それも当然のことです。なぜといって、一切の生じ来るものは、
滅びるだけの値打のものなんです。
それくらいならいっそ生じてこない方がよいわけです。
そこであなた方が罪だとか破壊だとか、
要するに悪と呼んでおられるものは、
すべて私の本来の領分なんです。(メフィストーフェレス)(第一部 p.92)
そのことなら君に全権を認めよう、
私は軽はずみな冒険をやったわけではない。
停滞したら最後、私は奴隷の身だ、
君の奴隷か誰のかは、問うところではない。(ファウスト)(第一部 p.115)
博学な道学先生、
私を法や掟で縛ることはご免こうむりたい。
このさい君にはっきりいっておくがね、
もしあの可愛らしい若い娘が、
今夜私の腕に休むようにならなかったら、
もう夜中には君とおさらばだよ。(ファウスト)(第一部 p.183)
以前、よその娘が間違いをしでかしたときには、
どうしてああも勇敢にこきおろせたのだろう。
ほかの人の罪を責めるのには、
いくら言ってもいい足りない気持ちだったのだ。
人のしたことが黒いと見えると、一そう黒く塗ったんだわ。
そして自分は高みの見物で、偉そうな顔をしてたんだわ。
ところが今は自分がその罪にさらされている。
けれども--こうなるまでの道筋は、
まあ、なんてよかったろう、なんて嬉しかったろう。(グレートヘン)(第一部 p.255)
私ら庭作りの娘たちも、
見た目は可愛く雅やかです。
それは女の天性が、
たいへん芸術に近いからです。(庭作りの女たち)(第ニ部 p.37)
変り者め、大威張でやってゆくがいい。
だがどんな愚かな、或は利口なことを考えようと、
およそ先人のすでに考えたことならぬはないと、
気がついたら奴もさぞ悔しいだろうて。(メフィストーフェレス)(第ニ部 p.149)
ふと思いついたんですが、今は丁度、
古典的ワルプルギスの祭の夜にあたります。
今なしうることで一番いいのは、
この人を性にあった所へ連れてゆくことです。(ホムンクルス)
そんな祭のことは聞いたことがないなあ。(メフィストーフェレス)
それはあなたの耳になどはいるはずがありませんよ。
あなたのご存じなのは浪漫的な幽霊ばかりです。
でも本当の幽霊はやはり古典的でなくちゃなりません。(ホムンクルス)(第ニ部 p.159)
・・女の美しさなんかつまらんものだよ。
えてして凝固した形骸に堕しやすい。
わしが美としてみとめるのはただ、
心嬉しく生を楽しむところに生ずる姿ばかりだ。
美は、それ自身だけで満足しがちなものだが、
愛嬌があってこそ初めて抗いがたい魅力が生じる。
丁度わしが乗せてやった時のヘーレナのようにね。(ヒーロン)(第ニ部 p.189)
それは君、文献学者が、
君をも、自分をも、だましているんだよ。
神話のなかの女というのは特別なものだ。
あれは詩人が勝手に描いて見せるんで、
いつ大人になったとか、年寄になったということはなく、
いつ見ても涎のでそうな姿をしていて、
幼い時に誘拐されたり、年とってから口説かれたり。
要するに、詩人は歳月に縛られないのだ。(ヒーロン)(第ニ部 p.191)
彼奴らには勝手に歌わせて、自慢をさせておけ。
天日の聖なるいのちの光にくらべれば、
命のない造り物などは冗談にすぎない。
奴らはあきもせずに鎔かしたり造ったりしている。
そして銅なんかに鋳ると、
それでひとかどのもののように思いこむ。
あの高慢な連中が、結局なんだというのだ。(フロートイス)(第ニ部 p.248)
たいへんな誤りだ。命令する位置のものは、
命令することに至福を感じなければならぬ。
その人の胸は高遠な志で溢れているが、
その志ざすところは、誰も知ることを許されない。(ファウスト)(第ニ部 p.374)
自由な海は、精神をも自由にする、
海では思慮分別なんか意味ないよ。
なんでも手早く掴めばいいのだ、
さかなも掴まえりゃ、船も掴まえる。
力があれば権利もあるんだ。
何を掴むかが問題で、どうして取るかは問題でない。
おれが船乗りの素人ならいざ知らず、
戦争と貿易と海賊とは
三位一体で分けられないんだ。(メフィストーフェレス)(第ニ部 p.436)
おれはひたすら世の中を駆けぬけてきた。
あらゆる歓楽を髪の毛つかんで引捉えた。
心に満たないものは突っ放し、
つかまえ損ねたものは打ち捨てた。
いつも何かを熱望してはそれをやり遂げ、
またも望みをかけ、そういうふうに元気いっぱい、
生涯をやりとおした。はじめは威勢よく、
いまは賢明に慎重にやっている。
地上のことはもう知りぬいた。
天上へ昇る見込などありはしない。(ファウスト)(第ニ部 p.453)
知恵の最後の結論はこういうことになる、
自由も生活も、日毎にこれを闘い取ってこそ、
これを享受するに価する人間といえるのだ、と。
おれもそのような群集をながめ、
自由な土地に自由な民と共に住みたい。
そうなったら、瞬間に向ってこう呼びかけてもよかろう、
留まれ、お前はいかにも美しいと。
この世におけるおれの生涯の痕跡は、
幾千代を経ても滅びはすまい。
このような高い幸福を予感しながら、
おれはいま最高の瞬間を味わうのだ。(ファウスト)(第ニ部 p.462)
過ぎ去った、とは馬鹿な言葉だ。
そうして過ぎ去ったのだ。
過ぎ去るのと、きれいに無いのとは、全く同じことだ。
永遠の創造とは、一体なんの意味だ。
創造したものを、無に突き落とすなんて。
過ぎ去った、ということに、なんの意味があろう。
それなら初めから無かったのと同じではないか。
それなのに、何かあるかのようにぐるぐる回っている。
おれはむしろ永遠の虚無のほうが好きだな。(メフィストーフェレス)(第ニ部 p.464)