自分の仕事をつくる(西村佳哲/筑摩書房)
主に、組織というよりも個人の名前で、責任を持った物づくりをしている人たちの話しをまとめたドキュメンタリー。
とても魅力的な仕事をしている人がたしかに多いのだけれど、それを伝える文章がだいぶカタい感じで、型通りの文句が多いので、その点、取材をした相手の魅力が十分に表現されていないような感じはした。
最初、読んでいた時、なんとなく、組織に所属せずにモノを作っている人がエラい、という、ちょっと偏った独立系アーティスト礼賛を感じたので、そこに抵抗があったのだけれど、あとがきを読んで、見方が変わった。
この筆者のスタンスとしては、組織の中で仕事をしている人を否定しているわけではなく、「自分の作ったものに誇りをもてる」ような仕事の仕方をしていないということについて疑問を呈しているのだということが、あとがきから伝わってきた。
文庫化するにあたって、10年後の「あの人は今」という記事が追加されていて、その比較はとても面白かった。10年経てば、環境も考え方も変わるもので、そういう後日談のような話しは、一時期だけを切り取った単発の記事よりも、より奥ゆきが感じられる。
【名言】
人間は「あなたは大切な存在で、生きている価値がある」というメッセージを、つねに探し求めている生き物だと思う。そして、それが足りなくなると、どんどん元気がなくなり、時には精神のバランスを崩してしまう。
「こんなものでいい」と思いながらつくられたものは、それを手にする人の存在を否定する。とくに幼児期に、こうした刺に囲まれて育つことは、人の成長にどんなダメージを与えるだろう。(p.10)
日本の算数教育では、4+6=□という形で設問が用意される。が、海外のある学校では、□+□=10、という設問で足し算を学ぶという話を聞いた。□の中野組み合わせは自由であり、自分で考えるしかない。(p.117)
「ごく気軽に始めたんですが、この仕事はそれまでに経験した仕事に比べて、矛盾がなかったんです。小学校の先生をしたり、会社勤めをしたこともありますけど、働いているうちにどこかで矛盾が出てくるんです。僕が売っているものを飲み続けたら、カラダを悪くするだろうなあとか(笑)。ところがそのパンは、自分でつくっていて気持がいいし、人にもすごく喜んでもらえる。素材だってカラダにいいものしか入っていない。とにかく全体的に矛盾が感じられなかったんです。」(甲田幹夫)(p.171)
「鳥の巣を見たり、あるいは縄文土器に接しているとね、目を中心にしていないモノの作られ方をすごく感じるんです。全感覚的に作り出されている。そんなふうに、耳であったり、鼻であったり、皮膚であったり、そうした感覚的な判断へ寄り添っていかないといけないんじゃないかと僕は思う。でも、世の中の多くのモノづくりは、視覚的な情報の中だけで行われていますよね。」(馬場浩史)(p.203)
あたらしい事務所用の家具を探していた時、あるインテリアショップで、「対面型のテーブルだと緊張して商談がまとまりませんよ」と、おむすび型のテーブルを薦めてくれた店員さんがいた。この人は家具ではなく、家具を通じたコミュニケーションを見据えているんだなあ、と感心したのを思い出す。(p.247)
「やっぱり母親のつくったものっていうのは、精神的にいちばん大きいよね。ほんとに精魂込めてつくっているわけだから。材料とか技術とかいうことより、気持ちが美味しい。他人が食べたら「なんだこんなもの」ってなるかもしれないけど、その人のために一所懸命つくられたものをいただくことが、「満足」になるのだと思う。」(p.309)