これは、見事に騙された。
種明かしがわかった時には、思わず吹き出してしまったほどの、会心のトリックだった。
シリーズ7作目のこの作品からいきなり読み始める人はまずいないだろうけれど、この話しの面白さは、シリーズを順番に読まないとわからない。
密室殺人という原点に忠実にのっとったトリックはさすがであったけれども、犀川の出番とセリフが非常に少ないのが残念なところ。
物語の語り手が、登場人物の一人である笹木氏であるために、その思考や価値観もすべて笹木氏視点のものになっていて、あまりそこには面白みを感じなかった。
シリーズ中では、ちょっと特殊な趣向の巻だったと思う。
【名言】
確かに、彼女よりずっと年寄りなのだからしかたがない、と犀川は思う。おそらく、未来のいかなるシチュエーションに対しても、過小に評価してしまう年齢なのだ。永遠の未来が存在しないことを、初めて実感できる年齢でもある。(p.410)
人生なんてものは、ボブスレーに乗りながら、俳句を考えているみたいなもの。ゴールするかコースアウトするまえに、一句でも思い浮かべば、たとえ字余りでも、まずまずの成功と考えて良い。(p.422)
これで、お話は、すべて終わり。
本当に、おしまいだ。
尻切れトンボ?
そう、そのとおり。
考えてみてほしい。
尻切れトンボではない人生なんて、あるだろうか。
終わりなどというものは、誰かが勝手に終わりだと決めたときが、そうであって、それ以外に区切りなどない。(p.471)
「文学的にいえば、人間は機械じゃない、ってとこかな。もっと崇高な存在なんだけど、最適化はまだされていない。あるいは、一方では、もっと卑劣な存在なのに、まったく空隙だらけでポーラスな構造を見せている。だけど、どういうわけか、なかなかの仕事をして、目を見張る資産を残すわけだ。それを支えているのは、人間の個体数、つまり人数だ。しかし、間違えちゃいけない。大勢の人間の協力が必要だ、なんて馬鹿な意味じゃないからね。子供にはみんな、力を合わせることが大切だ、なんて幻想を教えているようだけど、歴史的な偉業は、すべて個人の仕事だし、そのほとんどは、争いから生まれている。いいかい、重要な点は・・、ただ・・、人は、自分以外の多数の他人を意識しないと、個人とはなりえない、個人を作りえない、ということなんだ。」(p.482)
「そう、僕はね、なかなかずるい。矛盾を含まないものは、無だけだ。矛盾を含んで洗練される。ちょうど、微量の炭素を含んで鉄が強くなるみたいにね。」(p.486)