1984年(ジョージ・オーウェル)


1984年(ジョージ・オーウェル/早川書房)

おそろしいまでに、絶望的な物語だった。
超高度な管理社会というのは、多くの人が想像するところだし、現代のように個人識別が精密になっている状況ではより一層、その推測はしやすいけれど、この小説の想像力はとんでもなく細かいレベルまで、管理社会の陰鬱さを突き詰めていってしまっている。
驚くのは、この小説が出版されたのが1948年で、まだ北朝鮮という国家が姿を現していない時代だったということだった。この物語に現れる国家は、ヒトラーやスターリンが構築したスタイルよりもさらに一歩進んだ、「神話」を作るという形での独裁統治をおこなっている。
今を支配する者は過去を捏造することが出来、過去を捏造出来る力がある者は、未来を操作することが出来る。第二次世界大戦直後の段階で、よくこれほどまでに緻密な世界観を想像することが出来たものだと思う。
人々を洗脳する手法について、やたらと詳しく設定されていて、特にスゴいと思ったのは、「新語法」という言論統制と、矛盾した概念をそのまま受け入れさせる「二重思考(ダブルシンク)」という思考法、そして拷問による転向。とにかく暗い。
党が、党員に対しておこなう洗脳の部分は、「こんな状況下に監禁されたら、たしかにどんな刷り込みでもされてしまうだろう」というリアリティーがあった。
真理とは、人間の意識が作り出すものなのだということがよくわかる。
この作品が描いている本当の怖ろしさは、その結末にこそあると思う。これが映画であれば、革命軍が体制を倒してハッピーエンドになるところだけれども、この作品はそんなに単純な締めくくりは用意していない。真正の管理社会では、人々は管理されているという自覚もないままに、完全な管理下に置かれてしまうものなのだろう。そして、精密なバランスをもって統制された権力は、永久機関のようにその権力を保ち続けることが出来る。
これからの将来、この「1984年」が描くような露骨な形では、自由の統制が起こることはなさそうな感じがするけれど、もっと隠密裏な形態での「超高度管理社会」というべきものは遠からず訪れる可能性がある気がする。
【名言】
結局のところ、ただ単にある言語と正反対の意味を持つだけの言葉なんて、一体どんな存在価値があるというのかね?一つの言葉はそれ自体、正反対の意味も含んでいなくちゃならん。例えば「good」(良い)の場合を取り上げてみよう。「good」みたいな言葉があるなら、「bad」(悪い)みたいな言葉の必要がどこにあろう。「ungood」(良くない)でじゅうぶんに間に合う。(p.67)
新語法の全般的な目的は思想の範囲を縮小するためだということが分からないのかね?終局的には思想犯罪も文字通り不可能にしてしまうんだ、そうした思想を表現する言葉が存在しなくなるわけだから。必要なあらゆる概念はたった「一語」によって表現され、その意味は厳格に限定されて、その副次的な意味というのはことごとく抹消されたあげく、忘れられてしまうだろう。(p.68)
戦争の本質的な行為は必ずしも人命の破壊にあるとは限らず、寧ろ労働による生産品を破壊する点にあると言える。戦争とは民衆を余りにも安逸にさせる物質、従って結局は彼らを余りにも知的にさせる物質を木端微塵にするか、成層圏に注入するか海底に沈めてしまう一方法である。(p.249)
古い型の社会主義者は所謂「階級的特権」といったものと戦うべく訓練されて来たが、世襲制にあらずと考えていたのである。彼らは少数独裁性の継続が何も肉体的である必要がないという点を理解できなかったし、または世襲制の貴族が常に短命であり乍ら、カトリック教会のような選任制組織が時には何百年、何千年も存続したという事実を思案してもみなかった。少数独裁支配の本質は父子相続ではなく、死者が生者に課する特定の生活様式を持続させる事である。支配集団は後継者を指名できる限りに於いて支配集団である。党は血統の永続化ではなく、党自体の永続化にしか関心を抱いてはおらぬ。誰が権力を恣にしようと問題ではないのだ。階層性構造が常に同一でありさえすれば良いのである。(p.270)
とにかく、解答の一つが出たのである。どのような理由があっても、絶対に苦痛の増大を望むものではない。苦痛について望み得ることはたった一つしかない、早く止まって欲しいということだ。肉体的な苦痛ほど、およそこの世で最悪なものはない。苦痛に直面すれば、英雄も何もあったものではないと床上でもがきながら、役に立たなくなった左腕を抱え込んで、彼は繰り返しそう想うのであった。(p.311)
われわれは、君が後へ引き返しようもない点まで叩きのめしてやる。たとえ千年生きられたとしても、元の状態には戻れない程のことが君の身に起こる。君は二度と再び普通の人間らしい感情を持てなくなるだろう。君の心の中にあるものはすべて死滅してしまうだろう。君は二度と再び人を愛し、友情を温め、生きる喜びを味わうことも出来まい、笑ったり、好奇心を抱いたり、あるいは勇気を奮い起こしたり、誠実であろうとすることも出来まい、君は抜け殻になってしまうのだ。空っぽになるまで君を絞り上げてやる、それからわれわれを、その跡に充填するのだ。(p.334)

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