等しく負ける定め

それぞれの人が、違う環境からよーいドンでスタートして、違う夢をいだきながら、それぞれの道を往く。
思うに、それは生まれながらにして人類に組み込まれたプログラムなのだ。
そのうちの多くは道の途中で斃れ、ごくわずかな人だけが、後世へと引き継ぐことの出来る鉱脈を探しあてる。
無数のトライ&エラーの積み重ねの上に人類の文明は進歩をしてきて、今、まだまだその途上にある。
その進歩がどのくらいの段階にあるのかわからないけれども、頂上はまだずっと先であるということは確かだ。
誰がこの人生において勝ったか負けたか、成功したか失敗したかという話しではなく、
今、この世に生きている人は、すべて等しく死に、負ける定めになっている。
しかしそれは、無意味な負けではなく、一人一人が可能性を一つずつつぶしていって、後の人が続く道を少しずつ切り拓いていった足跡だ。
やがては誰もが死にゆく定めであるならば、
すべての人生は失敗する運命といえるだろうと思う。
でも、誰の人生でも必ず何らかの意味で、後に続く人の役に立っているのだと考えれば、すべての人生は成功だということも出来る。
小さい部分では勝ち負けや不公平はもちろんあるけれども、
マクロに見れば人生というのは、誰もが、まだ生まれぬ誰かのための犠牲になっているという点で、とても公平だ。
そう思うと、自分と同じこの時代に生きるすべての人がいとしく思えてくる。

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