空港にて

空港にて
空港にて 村上龍/文春文庫
【コメント】
すごい能力を持った主人公が活躍したり、特別な環境やシチュエーションを舞台にした小説や映画も、たしかに面白いことは面白い。
でも、そうではない、なんでもない、どちらかというと弱くて脆い人の日常生活を描いた小説のほうが、ずっと自分は好きだ。
この短編集に収められた作品のタイトルは、それぞれ「コンビニにて」「居酒屋にて」「公園にて」「カラオケルームにて」「披露宴会場にて」「駅前にて」「空港にて」。
どこにでもある場所で起こる、数分~数十分という時間の風景と出来事を切り取った、小さなエピソードの一つ一つがじんわりと胸をうつ。
こういう小説が、自分は好きだ。
【名言】
お前はまだ間に合うから何かを探せ、と兄はぼくに言った。オヤジやオフクロや教師の言うことを信じたらダメだ。あいつらは何も知らない。ずっと家の中とデパートの中と学校の中にいるので、その他の世界で起こっていることを何も知らない。ああいう連中の言うことを黙って聞いていたらおれみたいな人間になってしまう。おれはもう何をする力も残っていないんだ。やっとわかったんだけど、本当の支えになるものは自分自身の考え方しかない。いろんなところに行ったり、いろんな本を読んだり、音楽を聴いたりしないと自分自身の考え方は手に入らない。そういうことをおれは何もやってこなかったし、今から始めようとしてももう遅いんだ。(p.22)
無理だと思う理由は、わたしが高卒で、すでに三十三歳になろうとしていて、離婚暦があって、しかも四歳の子どもがいて、風俗で働いている、そういうことだ。それらはわたしの自由と可能性の限界で、しかもわたし自身だった。そんなことを考えたくはなかったのだ。わたしは悲しくなってサイトウの腕の中に潜り込み、彼の手を握って自分の頬に当てた。(p.174)