パラノイア的なまでに緻密で魅力的な世界観。貴志祐介『新世界より』

貴志祐介氏は、寡作だけれども、作品のクオリティーはどれもとても高いという印象を僕は持っている。

そんな中で、この「新世界より」はずっと未読のまま残っていたので、きっと面白いに違いないと思い、読んで見ることにした。

結果、ものすごく面白かった。SFとしての世界観の設定の緻密さがとてつもない。

未来のSF作品を書く場合、世界観を細かく描写するというのは大前提のことではあるのだけれど、この「新世界より」は、とくに念入りに、舞台となる世界がどのような成り立ちで出来ているのかということが設計されていて、その詳細さに魅了される。

生き物についての描写の細かさは、もうパラノイア的な領域に達している。あまりにもリアルすぎて、それが実在する生物なのか架空の生物なのかも区別がつかない。

一番強烈だった場面は、自分自身の周りのあらゆる物質の形式や遺伝子の仕様を変形させてしまう「業魔」が登場する場面で、この、多次元的な奥行きを持った異世界ぶりは、読んでいてくらくらするぐらいに現実を超越した描写だった。

そして、旧世界の書物をすべて記録した移動図書館「ミノシロモドキ」という存在もかなりユニークで、それが語る旧世界の出来事も、あまりにも緻密で、そのエピソードひとつひとつが、いくらでもテーマを広げていくことができそうな現実味を持っている。

惜しいと思うのは、文庫で3巻というそこそこのボリュームの内容のうち、かなりの分量を、その世界の基本情報の説明に費やしていて、そのぶんどうしても、物語そのものの割合が少なくなってしまっていることだ。

これほどの明確な世界観があれば、基礎部分を組み上げたあとは、それを土台にしていくらでも物語を膨らませていけそうな気がするのだけれど、それをせずに、急速に話しがまとまってしまったような感じがする。

だからこの小説は、有り得べき、こことは違うもう一つの世界を想像して妄想をふくらませるというのが、正しい楽しみ方なのだと思う。

名言

いったい、どうしたというのだろう。わたしは、危うくパニックになりかけた。そして、四人の視線の先を見て、今度こそ金切り声で悲鳴を上げた。
これまでに見たこともないような、奇怪な生き物がそこにいたのだ。
『悪魔のミノシロ』『ミノシロモドキ』という言葉が、脳裏に浮かび上がる。たしかにそれは、一見、ミノシロに似ていた。だが、よくよく見ると、全然違う。
長さは、五、六十センチくらいか。まるでゴムでできているように絶えず伸縮し続け、なおかつ表皮の一部が不規則に膨張と収縮を繰り返しているため、全体としては不定形と形容するしかない。しかも、背面には海胆の棘に似た半透明の突起が数多く蝟集し、その一本一本が、ミノシロや蛍などとは比較にならないくらい強烈な、七色の光を点滅させているのだ。千変万化する光は、重なり合い、干渉し合うことで、空中に、縞のような、渦のような模様を作り出している。赤いサングラスをかけていてさえ、その美しさは脳髄を痺れさせるようだった。(上巻p.208)

人間の遺伝子に組み込む予定のメカニズムは、二種類ありました。一つは、オオカミなどと同じ、普通の攻撃抑制。そして、もう一つは、『愧死機構』と呼ばれていたものです。(上巻p.255)

「何から話したら、いいのかな。・・すべての問題は、人間の心から来るんだよ」
「人間の心のうち、意識というのは氷山の一角に過ぎない。水面下にある無意識の方が、はるかに広大なんだ。だから、自分自身の心の動きも、なかなか理解することができない」(中巻p.185)

木造の建物の中には、千年の風雪に耐えるものも少なくないらしいが、それよりずっと進歩しているべきコンクリート製の構造物は、大半が百年未満で崩壊してしまうというのは、大いなる歴史の矛盾の一つだろう。(下巻p.379)

「人間の染色体も23対だ。ほかに、23対の染色体を持つ生物は、僕の知る限り、オリーブの木くらいなんだよ。まさか、バケネズミが、オリーブの木から創り出されたとは思えないだろう?」(p.517)

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