大震災の後で人生について語るということ


大震災の後で人生について語るということ(橘玲/講談社)

シビアで冷徹に、今の日本人がおかれている状況をわかりやすく説明していて、その客観的な語り口には深く納得させられた。
日本の債務超過のことや、持ち家と賃貸の比較など、今まで詳しい意味は分からなかったことが、具体的なデータと共に、とても明快な言葉で解説されている。その上で、世界株のポートフォリオを組むことなど、個人として実行が可能なリスク回避策まで説明しているのは、とてもタメになった。
後半に、日本国への提言として、公務員の給与カットや公共事業の削減などの具体策を出しているのはよかった。現実に実行されることはほとんどあり得ないだろうと思う内容ではあるけれども、実際、日本が立ち直るための唯一の方法なのだろうと思う。
知識というのは実効性のある力なのだということを実感させられる本だった。

【名言】

これから、戦後の日本人の人生設計を支配してきた四つの神話が崩壊してきた様を順に述べていきます。それは「不動産神話」「会社神話」「円神話」「国家神話」で、人生の経済的な側面からいえば、ポスト3・11とは「神話」を奪われた世界を生きることです。(p.4)

「賃貸より持ち家が得」とされているのは持ち家のほうがリスクが高いからです。市場が効率的であれば、リスクが高ければ高いほど、そこから得るリターン(報酬)の平均は大きくなります。逆にいうと、高いリターンを期待するのなら、大きなリスクをとらなければなりません。ところが「地価は永遠に上がりつづける」という不動産神話が健在なときには、このリスクは水面下に沈んでいてだれも気づきませんでした。(p.46)

月額家賃が30万円で家を借りていると聞けば、だれもがもったいないと思うでしょう。しかしこの物件の市場価格が一億円だとすれば利回りは3.6%で、実質利回りの平均(5%)を大きく下回っています。これが高額の賃貸物件に資産家がいる理由で、彼らは割安な不動産物件を借り、資産をより利回りの高い(正確にはリスク/リターン比の高い)収益機会に投じたほうが有利だということを知っているのです(不動産業界のひとたちが賃貸物件に住んでいる理由もここから説明できます)。(p.52)

日本には借り手にきわめて有利な借地借家法があり、いったん賃貸借契約を結んでしまえば、借り手が賃料を払い続けているかぎり、家主は退去を求めることはもちろん、賃料を値上げすることすらきわめて困難です。これは借り手が実質的に不動産を所有しているのと同じことですから、安い賃料で家を借りられたひとにとっては法外に有利な取引です。戦後すぐに都心の一等地で借家生活をはじめたひとたちが典型で、バブル期には億を超える立ち退き料を手にすることができました。(p.53)

会社としても、悪い評判が立つと優秀な人材が集まらないから、年齢に応じた昇給と終身雇用を約束して社員を安心させようとします。その見返りとして、会社は従業員に担保を要求します。これが「人質」で、若いときの低賃金労働と多額の退職金のことです。日本の会社では、従業員は定年まできっちり働かないと正統な報酬を全額受け取れないようになっています。サラリーマンが真面目なのは日本人の気質ではなくて、仕事をさぼって解雇されたときに失うものがあまりにも大きいからなのです。(p.73)

株式投資がプラスサムなのは、ひとびとの「すこしでもゆたかになりたい」という欲望によって市場が拡大していくからです。私たちは、いちど手にした生活水準を手放したくないと強く思うので、市場には強固な下方硬直性があります。すなわち、いったん拡大した市場はめったなことでは縮小しません。(p.95)

国家破産は、国債の暴落からはじまります。これは予言ではなく、財政破綻とは国債の利払いや償還に市場が不安を持つことですから、ただの定義です。国債価格が下がると、必ず金利が上がります。これは因果関係ではなくて、そもそも金利とは債券価格のことだからです。金利が経済成長率を超えて上昇すると、国家の借金が雪だるま式に増えていきます。いったん財政赤字が拡散をはじめると、もはや止めようがなくなります。(p.128)

リスクを回避し、安定した人生を送るために、私たちは偏差値の高い大学に入って大きな会社に就職することを目指し、住宅ローンを組んでマイホームを買い、株や外貨には手を出さずひたすら円を貯め込み、老後の生活は国に頼ることを選んできたのです。しかし皮肉なことに、こうしたリスクを避ける選択がすべて、いまではリスクを極大化することになってしまいました。(p.133)

劇団の役者よりも映画俳優のほうがはるかに大きな富を獲得できるのはなぜでしょう。タレブはこれを、映画は拡張可能だが、演劇は拡張不可能だからだと説明しています。
どれだけ人気のある劇団でも、出演者の収入は、劇場の大きさ、一年間の公演回数、観客が支払える料金などの要素によって決まってきます。こうした要素には明らかな上限があるのですから、役者の仕事には富の限界があります(拡張性がない)。
それに対して映画は、大ヒットすれば世界中の映画館で上映され、DVDで販売・レンタルされ、テレビで放映されます。映画スターにはそのたびに利益が分配されますから、映画俳優の仕事には富の限界がありません(拡張性がある)。(p.146)

金利が急激に上がっていくときに、もっとも確実に破産する方法は変動金利(短期金利)で多額の借金をすることです。ところが日本では、不動産販売業者が銀行と提携した低金利ローンを提案するため、新規契約者のうち変動金利を選択するひとが9割を超えています。いったん金利が上昇しはじめたら、こうした契約ではたちまち返済額が膨らんで家計は破綻してしまうでしょう。(p.173)

ヒトという有限な生き物にとってもっとも貴重な資源は、お金ではなく時間です。
ウォーレン・バフェットのように世界じゅうの企業の財務諸表を読み込み、徹底的に分析すれば、株価インデックスに比べて投資パフォーマンスを20%引き上げられるとしましょう。しかし私は、仮にこの「必勝法」を知っていたとしても、実践しようとは思いません。私の投資額から考えると、その時間を仕事や趣味にあてたほうが人生の効用ははるかに大きく、それを犠牲にしてわずかな超過利潤を得たところでなんの意味もないからです。
もちろんなかには、人生を投資に捧げている人もいるでしょう。しかし大半のひとは(旅行に行ったり、家族といっしょにすごしたり)それよりずっと有効な時間の使い方があるでしょうから、この貴重な資産を投資パフォーマンスに加えるならば、「なにもしなくていい」世界株投資を上回る投資法はこの世に存在しないのです。(p.183)

この世界が残酷で理不尽なのは、大規模な自然災害や経済的な変動が起きたときに、もっとも弱いひとたちに被害が集中することです。このひとたちの人生設計のポートフォリオはあまりにも脆弱なので、想定外の衝撃に耐えることができません。(p.208)