日本語の作文技術(本多勝一/朝日新聞社出版局)
「文章を書く」ということは、突き詰めて考えると、その多くの部分は技術的なノウハウとして落とし込むことが出来るらしい。小説のような文学では、作者のセンスというものも重要になってくるけれども、新聞記事や評論のように、「人にわかりやすく、正確に伝えるための」文章ということになると、これは感覚よりもはるかに、技術が重要になってくる。
自分でも、文章を書いていると、「どこか、違和感がある」という感じがして語順や表現などを入れ替えたりすることがあるけれども、それは非常に感覚的な部分が大きいと思っていたので、それが何故なのか、ということはなかなか言葉では説明しにくいことがあった。
この本は、その違和感の原因を、場面に応じて詳しく分析して、「よりわかりやすい文」を書くための技術を、例文つきで数多く紹介している。驚くのは、その徹底した、率直なもの言いだ。様々な例文を引き合いに出して、ダメな文章は徹底的にこきおろす。その代わり、自分自身の過去の文章も、ダメな文章のサンプルとしてよく引き合いに出している。
この本を読むと、普段、無意識的に書いていた文章の多くの部分に、もっと意識的になる必要があるところがたくさんあることに気づかされる。どの章で説明されていることも、とてもよく考えられていて、腑に落ちることばかりだ。この本と比べると、国語の教科書で語られているような文法の説明などは、かなり中途半端で言葉足らずなものだったのだと思える。
初版が1976年で、それから今日までなお増刷が続けられているわけだから、時代の洗礼を受けた名著と言っていいだろう。一度で全部を理解することは難しいけれども、何度も何度も繰り返して読みたいと思わせる、内容の濃い本だった。
【名言】
助詞の中でもとびぬけて重要で、かつ便利な助詞は「ハ」である。それだけに「ハ」は文法家の間で常に議論のマトとされてきたし、今もされている。(p.139)
気象や時間の文章でitなどという形式上の主語を置くのも、全く主語が不必要な文章に対して強引に主語をひねり出さねばならぬ不合理な文法の言葉がもたらした苦肉の策にほかならない。「形式上のit」はイギリス語があげている悲鳴なのだ。(p.146)
一言でいうと、これはヘドの出そうな文章の一例といえよう。しかし筆者はおそらく、たいへんな名文を書いたと思っているのではなかろうか。だが多少とも文章を読みなれた読者なら、名文どころか、最初から最後までうんざりさせられるだけの文章と思うだろう。なぜか。あまりにも紋切型の表現で充満しているからである。(p.200)