東京奇譚集(村上春樹/新潮社)
ちょっと不思議な話しを集めた、村上春樹版「世にも奇妙な物語」。5つの短編のオムニバス構成になっている。
最初の導入の部分では、著者自身が体験した不思議な出来事から物語へと自然に話しが流れていく。そういう引き込み方が、ものすごく上手いなあと思う。
村上春樹の小説は、抽象的なテーマで意味がわかりにくいものと、その逆にはっきりしたものの2種類があるけれども、この作品は後者のパターンだ。
抽象的な作品は、解読が好きな人にとってはとても深くて飽きることのない、優れた素材だと思うけれど、自分からすると、言いたいことがわからない部分が多すぎて、あまり面白くない。
村上春樹は、そういう抽象的な作品しか書かないわけではなく、時に、ものすごく直截的でわかりやすい文章を書く。この「東京奇譚集」は、適度に謎めいた味付けを加えているものの、基本的にとてもシンプルでわかりやすい物語だ。いい文章だなあと思う部分があちこちに転がっている、何度も読み返したいと思うような作品だった。
【名言】
「男が一生に出会う中で、本当に意味を持つ女は三人しかいない。それよりも多くもないし、少なくもない」と父親は言った。いや、断言したというべきだろう。父親は淡々とした口調で、しかしきっぱりそう言った。地球は一年かけて太陽のまわりを一周する、と言うみたいに。(p.123)