Murder on the Orient Express(Agatha Christie/HARPER)
往年のオリエント急行という、非日常空間の舞台と雰囲気が、まず素晴らしい。事件は、バグダッドからイスタンブールを経由してカレーに向かう途中の、ユーゴスラビアあたりで起こる。舞台もインターナショナルだし、登場人物も、様々な国籍の乗客が集まっている。
その章立てが、論文のように理路整然と組み立てられている点が、とても特徴的な構成の作品だ。まず列車の中で人が殺されたという事実の提示があり、その次に、列車に居合わせた乗客一人一人の証言が明らかにされ、最後にポワロの導き出した結論が披露される。
数学の証明のように筋道立てて検証は進められていき、色々な証拠品や証言は着々と増えていくにもかかわらず、なかなか真相には近づかない。そのあたりの、推理小説としてのトリックはよく練られていると思う。
しかし、それだけだったとしたら、おそらくこの作品はここまで世に知られることはなかっただろう。この作品は、プロットの裏側に潜ませた人間模様が非常によく出来ている。それを見事に浮き上がらせる、ポワロから乗客一人一人への、ユーモアと機知にあふれるインタビューがスゴい。
トリックに力点が置かれているというよりは、いったい何故この事件は起こったのかという物語のほうが完全に中心になっていて、推理小説というよりは、文学と呼ぶにふさわしい格調がある作品だと思う。
【名言】
You do not understand, Monsieur. I have been very fortunate in my profession. I have made enough money to satisfy both my needs and my caprices. I take now only such cases as – interest me.(p.46)
If you will forgive me for being personal – I do not like your face, M. Ratchett, he said.(p.46)
‘It is true that America is the country of progress,’ agreed Poirot. ‘There is much that I admire about Americans. Only – I am perhaps old-fashioned – but me, I find the American women less charming than my own countrywomen. The French or Belgian girl, coquettish, charming – I think there is no one to touch her.'(p.235)
There is something is this case – some factor – that escapes me! It is difficult because it has been made difficult. But we will discuss it. Pardon me a moment.(p.252)
‘Then,’ said Poirot, ‘having placed my solution before you, I have the honour to retire from the case…'(p.347)