宇宙を復号する(チャールズ・サイフェ/早川書房)
宇宙論の本かと思って読み始めた本だったのだけれど、実際のところは、宇宙論である以上に、情報理論についての本だった。しかし、これは期待していた以上の内容で、かなり予想を上回る面白さだった。
この本では、あらゆる事物の説明の中心に情報理論をおいている。生命も含めて、宇宙にあるあらゆる物は「情報」に置き換えられるというスタンスだ。それは、最も普遍的な概念であるために、現在まったく別々の挙動をしている相対性理論の世界と量子力学の世界を結びつけられる可能性がある唯一の道具であるのだという。
「光よりも速く動く物質はない」というのが、これまで習った常識だったけれども、現在、セシウムガスで満たされた容器を通過させると、光の速度よりも速くパルスを送ることが実証されているらしい。しかし、それでもなお、「光よりも速く情報を伝達させることは出来ない」という原理は有効なまま残されている。
「納屋の中の槍」というパラドクスについての説明はとても面白かった。二つの出来事が「同時に起こった」という時、その「同時」という概念には何の意味もないのだという。
このパラドクスの説明には、情報の伝達速度というものが深く関わっている。情報が移転される時には、時間とエネルギーというコストを必ず消費する、ということを考慮すればきちんと説明が出来るし、どのような状況においても、情報が光より速く伝達されることはない。
この本の中でも、量子情報についての章は、特に面白い。通常の情報(ビット)は、1か0かのどちらかの状態しか有り得ない。しかし、量子情報(キュービット)では、1&0という重ね合わせが可能になってくる。これは、「1と0の中間」というアナログ的な意味とはまた別の概念で、有でも無でもない、仏教の「空」に非常によく似ていると思った。
この本を読んで、「シュレディンガーの猫」のパラドックスのどこに誤りがあるのかということが、初めてはっきりと理解出来た。重ね合わせの状態にある物質は、ほんの一つの粒子や分子にあたっただけでも「情報」が周りの環境に伝わってしまうために、量子状態を保つには、極めて小さな物質である必要があるというのが、その本質的な理由であるらしい。
「情報」という視点から宇宙を解読するというのは、かなり興味深いアプローチで、とてもわかりやすく、面白い本だった。
【名言】
情報はエントロピーおよびエネルギー、熱力学の主題、と密接に関連している。ある意味で熱力学は情報理論の特殊な場合にすぎないのだ。(p.93)
英語にはフランス語の単語が数多く採り入れられ、フランス系の単語とゲルマン系の単語を注意深く分析するだけで、言語学者は1066年のヘイスティングスの戦いでどちら側が勝ったかを推定することができる。それには、食べ物を表す単語を見ればいい。牛肉という意味のbeefはフランス語(bouef)からきており、牛という意味のcowは古英語からきている。ヒツジの肉を意味するmuttonはフランス語(mouton)から、ヒツジを意味するsheepは古英語からきている。豚肉を意味するporkはフランス語(porc)から、豚を意味するpigはもともとの英語からきている。英語を話す農奴たちは戦いに負けて、動物を飼育した。そして、フランス人の貴族たちは戦いに勝って、その動物たちを食べたのだ。(p.145)
アインシュタインは相対性理論を愛し、量子論を嫌ったが、どちらもアインシュタインの子供だった。この兄弟は同じ源から発していた。どちらも熱力学および情報と結びついており、光を理解しようという試みの中で生まれたのだ。(p.194)
アインシュタインの論文が解決した問題というのは、一見しては情報と熱力学の問題と関係があるもののようには思えない。にもかかわらず、この問題の解決法はまぎれもなく、情報理論的なものだ。アインシュタインの相対性理論はその核心において、場所から場所に情報をどのように伝送できるかという理論なのだ。(p.154)
相対性理論の副作用の一つに、同時性の概念が崩れるということがある。二つの出来事が同時に起こったのか、それとも、一方がもう一方より先に起こったのか、あるいはその逆かについて、観測者によって見方が食い違うことがありうるのだ。(p.175)
情報は、だれかがそれを引き出したり操作したりしていなくても存在する。粒子が量子状態をもつのに、粒子の量子状態を測定する人間は要らないのだ。(p.253)
デコヒーレンスこそ、微視的な対象と巨視的な対象がどう異なるのかを理解する鍵だ。ある対象から環境に情報が流れると、その対象は重ね合わせ状態を失う。ゆえにその振る舞いが古典的な対象に似てくるのだ。だから理屈の上では、ネコが環境に情報をもたらすのを防ぐことができれば、ネコを重ね合わせ状態に保つことができる。それにはデコヒーレンスを止めなければならない。(p.258)
ソーシャルブックシェルフ「リーブル」の読書日記