『ツイッター創業物語』大きくなりすぎたスタートアップの壮大な内輪もめ


(日本経済新聞出版/ニック・ビルトン)

面白かった。
本人やその身近な関係者にしか知り得ないような、かなりプライベートなエピソードが山ほど出てきて、よくぞここまでのインタビューや取材をすることができたなと感心する。
なにしろ副題が「金と権力、友情、そして裏切り」というから凄まじい。

この本を読むまで、ツイッターの創業者といえばジャック・ドーシーなのだと思っていたし、それ以外の創業者の名前を誰ひとり知らなかった。

ツイッター社は、過去から今に至るまで、結構ゴタゴタ続きという印象はあったけれど、実際は、思っていた以上だった。
初期の頃はアクセス数をさばききれずに、しょっちゅうサーバーがダウンしていて、しかもデータのバックアップも取っていない。
その他の無数のベンチャーと同様に、一過性のブームで潰れるかどうかは、紙一重の差だったのだと思う。

スタートアップにつきものの、価値観の違いからの衝突とか、肩書をめぐる争い、株主総会でのクーデター、などが一通りあった上で、しかし、歴史を書き換える権利を持つのは最終的な勝者だけなんだなと思った。

どれほどの功労者であっても、公式な社史から消されてしまえば、その存在はなかったものにされ、マスコミからの取材を受けることもなく、世間からすっかり忘れ去られていくという、負のフィードバックループに入っていく。

その逆に、一度追い風に乗ってしまえば、メディアに取り上げられる回数は指数関数的に伸びて言って、その人物の発言だけが人々の記憶に残ることになってしまう。

あらためて思うのは、ベンチャーを創業するときに、友達とサークル感覚で始めるのは、とてもリスクが大きいということ。
誰が決定権を持ち、役割や報酬の分配をどうするのかを、よほど明確に決めておかないと、成功すればするほど、友情も金も地位もすべて失ってしまう危険がある。

そして、一度戦うことを決めたのなら、勝利した後でも、情け容赦なく徹底的に相手を叩き潰さないといけないということがわかる。
甘さを見せると、手痛い仕返しを受けることになる。戦国時代と一緒だ。

この本は、ノンフィクションの人間ドラマとしても面白いし、スタートアップを運営する立場になったときの予習本としても、とても学ぶところが多い。
文章もユーモアがあり、ドラマチックな見せ方が上手かった。

名言

エブが書類にサインするのを、ノアははらはらしながら見守り、ディールが成立したと聞かされるのを待った。
やがて、2003年2月15日、電話があった。エバン・ウィリアムズは、金鉱を掘り当てた。「1」と「0」で、数千万ドルを手に入れた。(p.34)

2005年9月6日にオデオで働きはじめたとき、予想以上の大きな変化にすぐさま気づいた。グーグルでは、食事もスナックも通勤のバスも際限なく無料で、なんでも手に入れられたが、いまはホームレスが階段で寝ているビルのオフィスで、無料の交通手段は二本の脚、無料の食べ物と飲み物は、仕事のあとでエブが気が向いたらおごってくれるビールだけだった。(p.61)

金銭的な利害関係にはあまり問題がなかったが、肩書はそれぞれの自意識に関わるので、もっとも重要だった。
スタートアップの初期には、ふつう、肩書はたいした検討もせずにあたえられ、さほど大きな意味を持たない。だれがバイスプレジデント、CTO、X、Y、もしくはZ担当ディレクターになるかは、重役ごっこの世界だ。スタートアップの90%がよちよち歩きよりも大きく育つことがないので、肩書きを決めることにはあまり意味がない。ツイッターでも、それは同じだった。(p.138)

ジャックは憤慨した。クリスタルを口説くチャンスは、エブの親友のひとり、ツイッターの取締役のひとりによって奪われた。「ジャック対エブ」が、いまでは「ジャック対エブ&ゴールドマン」に変わった。
ゴールドマンは、自分のあらたな情事にジャックが怒っているからといって、ためらいはしなかった。結局、ゴールドマンはジャックの子分ではなく、エブの子分だった。だいいち、クリスタルには自分の望む相手と付き合う権利がある。(p.167)

「ちょっとした問題があります」グレッグが話しはじめた。サイトをテストしたところ、ツイッターにバックアップがないことがわかった。「データベースがいまダウンしたら、なにもかも消えてしまいます」グレッグは居心地悪そうにいった。ツイートもユーザも、なにもかもが消えてなくなる。「冗談だろう」信じられないというように、フレッドが茶化す口調でいった。「まったく、きみらはなにをやっているんだ」(p.188)

つぎにかける電話に比べれば、両親に打ち明けることなど、どうということはなかった。
声が聞こえるところにだれもいないのをたしかめると、ジャックは電話のアドレス帳をひらき、名前をスクロールしていった。マーク・ザッカーバーグ。フェイスブックのCEO。クリスタルやエブやほかの数人が、キッチンのそばに立って話をしているのを肩ごしにたしかめると、電話に目を戻し、マーク・ザッカーバーグの名前の横の電話番号を押した。(p.208)

ふたりが開発にかかわったこのテクノロジーは、わずか三年前には、洗面所に行くと書いたり、パーティでただのビールが飲める場所を探すのに使われていた。それがいまはテヘランの街路で、政府を転覆させるのに使われようとしている。
そのことは、人間の柔軟性を物語っていた。人間に木を一本あたえれば、舟をつくる。木の葉をあたえれば、カップにして、そこから水を飲む。石をあたえれば、それを武器にして、自分や家族を守る。小さなボックスと140文字という制限をあたえれば、中東の抑圧的な独裁政治と戦うのにそれを応用する。(p.275)

ゴールドマンは将軍のように立ちはだかり、サイトを見張っているエンジニアたちをじっと眺めていた。メドベージェフ大統領が乗ったエレベーターが、ゆっくりと三階を通過したとき、エンジニアひとりがゴールドマンを見あげて、おそれていた言葉を口にした。「サイトがダウンしました」
計画では、メドベージェフ大統領がツイートすると、ホワイトハウスがツイートを返し、小浜大統領が初ツイートにお祝いを述べることになっていた。ロサンゼルス市長とカリフォルニア州知事もツイートして、ロシア大統領のツイッター訪問と訪米をみんなで歓迎する。(p.317)

「承認する」と、ジャックはいった。
その瞬間、エブはどういうことなのかを悟った。ジャックがずっと影で糸を引いていたのだ。チェスの駒を動かし、10手先まで進めていたのだ。これはジャックの復習だ。(p.342)

金が重要なのではないと、エブにははじめからわかっていた。億万長者になっても、ゴミ箱に吐いている。重要なのは宇宙にへこみを入れることだった。重要なのはパワーだ。政治家、ハリウッド、セレブ、革命家、企業家、メディアから吸い上げてきたパワーだ。それをツイッターというろくでもないものを使って、ほかに流し込んだ。この偶然の産物は、世界をひっくりかえした。(p.356)

記事が出た日に、エブはツイートした。「@ノアがツイッターに最初のころ貢献した手柄を得られなかったのは事実だ。それに、ツイッターという名前も彼が考えた。すばらしいことだった」
しかし、こういったことも、ジャックの勢いはとめられなかった。ジャックは、メディアに第ニのスティーブ・ジョブズだともてはやされ、パワフルな大物になっていたので、無数のマスコミに書かれたジャック版の社史を傷つけることは、だれにもできなかった。(p.371)