17歳のための世界と日本の見方


17歳のための世界と日本の見方(松岡正剛/春秋社)

日本が古代から室町時代頃まで、どのようにして独自の文化を発展させてきたかということや、日本の成り立ちと神話との関係のようなことを中心にして語り、さらにそこから同時代の世界と日本との関わりについてまで話しを展開している。
日本史の様々なテーマを縦横無尽に扱った本で、これほど複合的に、日本の文化について語ることが出来るというのは、よほどの知識が頭の中に収まっていないと出来ないことだと思う。
学校の授業で習った日本史での説明とは、切り口からしてまったく違っていて、歴史の面白さというものが教科書よりも何倍もよく伝わってくる語り方になっている。こんな授業を、高校か大学で受けることが出来たとしたら、どれだけその後、世の中の見え方が変わってくるだろうかと思う。そういう授業を、講義録の上で追体験することが出来る本。
近現代以降の話しは、この本の続編ともいえる「誰も知らない世界と日本のまちがい」に詳しくあって、こちらもそうとう密度の濃い内容だった。日本の歴史や文化に関心がある人には、2冊セットでお勧めしたい本。
【名言】
どの時代の、どのコスモロジーが正しいとか、いいとかは言えません。たとえば、現在の天体物理学や物質科学では、ビッグバン理論が支配していて、宇宙の始まりは、最初のたった三分間で現在の宇宙の基本をつくったというふうになっていますが、これは空間とか時間をめぐる一つのコスモロジーなんです。(p.131)
史実としてイエスその人についてわかっていることは、ほんのわずかです。というのも、イエスがイエス・キリストとして活動していた期間はたいへん短くて、三十一歳のときに「荒野のヨハネ」という預言者から神の世界を教えられて、三十五歳のときにゴルゴダの丘で十字架に磔になってますから、せいぜいその五年くらいの活動です。ジーザス・クライスト・スーパースターといったって、その活動期はほんの短い期間だったわけです。たった五年間です。
もっとも、諸君にとっては身近なミュージシャンだった尾崎豊も、XジャパンのHideも自殺したらしいですが、絶頂期はそんなに長くはなかった。せいぜい5~6年でしたね。いや、ミュージシャンだけではなく、世界史上で活躍した大きな業績をのこした人物も、活躍の中心期が5年とか10年くらいにピークがあったということは、いくらでもある。
けれども言いかえれば、本当に何かをやりたければ、この5年という期間は非常に大きいものなんです。
ファミコンが広まったのも、ケータイ電話が広まったのも、5年もかからなかったでしょう。逆にいえば、5年もあれば、何だってできる。そういうふうにも考えられる。
(中略)ですから、何かをおこしたければ、最初の十人をまず作るべきなんです。そしてそのコア・メンバーとともに5年を集中するべきです。それ以上はいらない。幕末の吉田松陰の松下村塾だって、せいぜい2年です。(p.140)
日本神話は戦争に利用されてしまったという過去があります。天皇家と神話とを直接結びつけて、日本は古来ずっと神の国であるという教育を、「大日本帝国」や「国家神道」がやりすぎてしまったんです。そういう苦い記憶があるために、戦後の日本では神話を語ることすらはばかられるようになってしまったんです。神話と聞くと右翼的だという誤解すらされてきた。残念なことです。(p.206)
アマテラスが象徴する光の国、すなわち高天原や中津国というのは、「大和の側」の世界なんです。大和というのは日本を最初に統一した大和朝廷の母体のことですね。そして、出雲というのは、その「大和に征服された側」の社会なんです。だから「根の国」といった暗いイメージで呼称されたんです。
日本でもまたこのように、「征服する側」が「征服された側」の神話をたくみに奪いとって、再編集していくということがいろいろおこっていたわけです。ブリコラージュされていた。(p.214)
それまでは日本では神様への信仰はあっても、それを祀るための神殿などはあまりつくられていなかったんです。というのも、日本ではカミはどこかに常住しているものではなくて、山とか大きな木とか岩にやってくるもの、人間が祭をすることによって、そこに訪れてくるものと考えられていたんです。こういうふうに時折やってくる神のことを、「客神」(マレビト)といいまして、日本のカミの大きな特徴になっています。
ところが天武天皇はそのような時々やってくるカミのために、特定の場所を定めて壮大な神社をつくったわけですね。それがアマテラスを主神とする伊勢神宮(内宮)でした。そして、カミを祀る儀式を国家行事として定め、その霊威を受けて天皇の力というものを示していった。(p.225)
『源氏物語』が紫式部という一人の女性の手によって書かれた創作物語だったことにくらべ、『平家物語』は物語の成り立ちそのものがずいぶんちがっていた。『平家』は平家一門の栄華と滅亡という実際にあったことを、琵琶法師が集団でいろんなエピソードを寄せ集めて長い物語にしたものです。(p.250)
枯山水は、実際には岩や石や砂があるだけなのに、そこに水の流れや大きな世界を観じていこうというものですね。こういう見方を禅の言葉で「止観」といいます。
止めて、見る。これはすごい方法で、西洋では19世紀にヘーゲルやマルクスが出てきて、社会哲学的な方法として「止観」を持ち出すんですが、日本ではうんと早く13世紀ごろに世界を止めて見るということが始まった。止めて見ると、逆にそのなかにいろいろなものがずっと見えてくる。写真がそうですね。(p.274)
人間の歴史は古代このかた長いあいだ、本を読むときには声を出していたんです。つまり本は音読しかできなかったんです。それがグーテンベルクの活版印刷以降、だんだん黙って本を読むようになったんです。つまり黙読が始まった。これは、文字から声がなくなっていったということをあらわします。それによって、読書のスピードは格段に上がりました。
しかし他方、古代以来の「声の文化」がしだいに薄れ、かつての語り部の頭の中にあった劇的なものとはちがった読みかたの社会が生まれていったわけです。(p.300)
枯山水は、小さな庭の空間のなかに大きな山や川を表現するために、あえて石だけを使ったものです。水を引き算したものです。そして石の置きかたや、わずかに流文を描いた砂利だけで、そこに滔々と流れる水を感じさせた。水を感じたいから、水を抜いたんですね。
こういう方法のことを私は「負の方法」と呼んでいます。あえてそこに「負」をつくることによって、新しい「正」が見えてくるようにする方法です。
何もないからこそ、想像力で大きな世界を見ることが可能になる。あるいは、何もないからこそ、そこに最上の美を発見することができる。これって、財力や権力をいくらもっていても到達しえないような美意識です。(p.323)
おもしろいことに、16世紀という時代は、世界中に一斉に専制君主が出揃った時代だったんですね。なんといっても、イギリスのエリザベス女王と信長がほぼ同い年、信長のほうが一歳年下の弟分です。(p.346)
「リーブル」の読書日記