イギリスだより(カレル・チャペック/筑摩書房)
「ロボット」という言葉を生み出した、チョコの小説家カレル・チャペックによる、イギリスの旅行記。
1920年代の旅行記なので、もう随分前の記録になるけれども、その割りにはほとんど古さは感じない。イギリスという国が、この100年間であまり大きな変化をしなかった国だからだろうと思う。
チャペックの視点は、あまりユニークなものではなく、イギリスを旅する、一般的なヨーロッパからの訪問者が抱く感想をそのまま書き留めているような感じがある。その点、専門記者が書くような旅行記に比べると密度はだいぶ薄いけれど、その分、当時の外国人がイギリスという国に対して感じた素朴な感想が伝わってくる。ところどころに挿まれた自作のスケッチも、手作り感があっていい。
チェコという小国からイギリスを見たチャペックは、その大国ぶりに感嘆して、羨みもするけれど、常に自分の祖国に愛着を持っていて、祖国の長所もあわせて挙げることを忘れていない。どちらかというと、イギリスの保守的なところを引き合いにだして、チェコの良さを礼賛しているように思える。
旅のガイドブックの代わりになるかと思って読んでみたのだけれど、書かれた時代が今とは大きく異なることもあって、あまりその点では参考にならなかった。
それよりも、1920年代当時のロンドンの様子や、アイルランドに対する人々の感情について、作家の視点から叙情豊かに描かれた旅行記であるというところに面白さがあった。
【名言】
イギリスの家の詩的なおもむきは、イギリスの街路に詩情が欠けていることの代償なのである。そして、この国では、街路が革命の群衆によっておおいつくされることは決してないだろう。なぜなら、街路が長すぎるからだ。おまけに、あまりにも退屈だから。
(p.38)
わたしは、あの幼いころにもどりたい。そしてまた、あの昔のように、東ボヘミアのウービツェの町の、なつかしいプロウザの乾物屋の店先に立って、目をまるくしながら、黒い香辛料入りのパン、胡椒、生姜、ヴァニラ、そして月桂樹の葉を眺め、ここには世界の宝物すべてが、アラビアの薫りのすべてが、そして遠い国ぐにからの草根木皮がすべてあると考え、驚き、匂いを嗅ぎ、そして、不思議な、遠い、なみなみならぬ地域を描いたジュール・ヴェルヌの長篇冒険小説を読もうと走っていきたい。
なぜなら、わたし、この愚かな魂は、世界を今とは別のものだと想像していたのだから。(p.90)
イギリスでは、このような木は、いつかはこのうえなく年を経て茂り、大聖堂のように堂々たる木になることを最初から目的にして育つのだと思います。イギリスという国は、そこに住む人びともいかに美しく堂々と老いるべきか、その秘密を発見した国だというような気がします。(p.236)