量子の宇宙のアリス


量子の宇宙のアリス(ウィリアム・シェインリー/徳間書店)

「不思議の国のアリス」をモチーフにして、アリスが量子論に関わる様々な科学者に出会い、量子の世界を旅するという物語。たしかに、アリスの世界観は、量子力学に支配される、摩訶不思議な世界と共通している部分が多くある。ルイス・キャロルは、後世に現れる、量子論が創造する世界を直感的に理解していたのかもしれない。
概観的に、様々な立場を持つ科学者が入れ替わりで登場するけれど、それぞれの理論については、詳しい解説は省かれているので、量子力学の入門書としてはあまりふさわしくない。
一度、別の本で量子力学についての解説を読んだ後に、その世界観を実感するためにこの本を読むという味わい方が、一番楽しめるのではないかと思う。
【名言】
アリスはせき込んで尋ねた。「ということは、あそこにいる女の子はみんな、実はあなた一人の分身で、いっぺんに何人もの友達と付き合えるということ?どうしてそんなことができるの?」
「それはね」と少女が笑った。「わたしが可能性だからよ。そしてほかの大勢の少女たちは、わたしがもっている別の可能性。この量子の国ではそれが当たり前なの。無限の数の可能性として万物が存在してるのよ」
なんて魅力的な考えなんだろうとアリスは思い、これまで想像したこともないイメージが頭の中を駆けめぐった。(p.68)
「もうわかったと思うがな、人生のなかで出会う事物(モノ)というのは人が思っている以上に面白いものさ。ボームの国じゃあ量子的とか古典的とか言ってみてもはじまらない、物質と精神のあいだに区別はないからだ。だって万物はただひとつの巨大な運動なんだから。コペンハーゲン派のお友達と話すときは、そのことを忘れなさんな」(p.99)
「学問というものが成立して以来、それはずっと男の遊び道具だったわ。いや、正確には青二才の遊び道具だった。自然の摂理をのぞき見ようとする青二才の遊び道具よ。実験物理学の父といわれるフランシス・ベーコンは自分のあみ出した新しい方法を評して、自然を拷問台にのせて自然の秘密をあばく方法だと言っている。男の学問は自然を理解しようとするのでなく、自然を操ろう、操ろうとしているのよ。支配力を得たいがために右往左往する。」(p.125)
「そうね、この列車にも車輪くらいあると思うわ、それは確かよ」とアリスが言いきった。
「調べてもいないのに、どうしてわかるのです?」とバークレー。
「当たりまえのことを聞かないでよ。いま証明してあげるわ」とアリスは窓から身をのりだして、下方を指さした。
「あそこに車輪があって回ってるわ」と言ってふたたび座席に腰かける。「わかったでしょう、わたしは間違ってないわ」
バークレーは顔をほころばせ、あらためて尋ねた。「どうしてわかるのです?」
「だって車輪を見たからよ」
「窓から外をのぞいたときに車輪が見えた。ですが、いまは車輪を見ていない。それなのにまだ車輪がそこにあるとどうしてわかるのですか?」
「そんなことで一杯食わそうたってだめよ。車輪はまだそこにあるに決まってるわ」
「よろしければその理由を教えていただけませんか。なぜでしょう?」
「理由が聞きたいの?理由は・・。理由はね、もしそこに車輪がなければ列車が走っていないはずだからよ。だってこの列車に揺られていること自体、つじつまが合わなくなるじゃない。わたしが見たときにだけ、車輪がそこに出現するなんてことになったら」とアリス。(p.141)